十四
『…ナマエ、』
『はい』
風間が己の名を呼び、短く返事をする。
何を言われるのだろうかと、ナマエは少し身構えた。
その隣でミョウジも少し身体を固くさせた。
ナマエに関する事は、不知火が婚姻したばかりの時に彼直筆の書簡にて風間家には知らされている。
出会ってすぐに婚姻に至った事や、弦歌が得意な事、そして、半分は人間の血が流れている事。
不知火は何か言われても聞き流せば良いと言うが、それでもやはり、心配せずにはいられなかった。
風間は頬杖をやめて真っ直ぐに座位を改めた。
こちらの挙動を固唾を飲んで見つめるナマエに、風間は柔らかな眼差しをくれてやった。
『身重の身体での長旅は母子どちらにも負担となっただろう。
この屋敷を我が家と思い、存分に寛いでいけ』
『『…』』
眠っている陽を除き、風間以外の三人はみな目を丸くした。
少しの間があってからナマエは慌てて謝辞を述べ、ミョウジは目元を和らげた。
『悪ィな』
全てを知った上でのナマエへの労りの言葉に、不知火は何か胸の内に温かなものが広がるのを感じた。
“ありがとう”の言葉を素直に言う事は何だか照れくさく、先のようにして感謝の意を示した。
すると風間は意地悪そうに鼻で笑い、
『勘違いをするな。貴様の為に言ったのではない』
と返した。
不知火が途端に顔を歪めて、言うんじゃなかった、と吐き捨てるように言ったので、女鬼二人は顔を見合わせてくすくすと笑った。
風間と不知火は一足先に宴会を始めると言うので、ミョウジはナマエに三つ子を会わせるため、彼女を連れて広間を後にした。
『適当な所で戻って来い。子達も共にだ』
『解りました』
里外からの客人を持て成す席に子を呼ぶという。
風間は三つ子に社交を経験させようとしているのだろう。
ナマエはそういった夫の意を汲んで頷いて応えた。
廊下を少し行った所でミョウジが後ろをついて来るナマエに振り返った。
『今は何処かお辛い所はありませんか?
もしありましたら、すぐに床を用意しますが…』
気遣いの言葉を貰ったナマエはぱっと表情を明るくして首を横に振った。
『いえ!全くと言って良い程何処も。
お気遣い痛み入りましてございます』
その満面の笑みに釣られてミョウジも少し笑う。
それを見ると、あ、と言ってナマエは表情を変えた。
『ミョウジ様、私にそのような言葉遣いは不要でございますよ?
先程も申しましたが、名も呼び捨てで構いませんし』
今度はナマエが首を横に振った。
『そのような礼を欠いたような真似は…!
ナマエさんの方が年が上なのですし、寧ろナマエさんの方が、』
『でしたら!』
ナマエはあれこれ言おうとするミョウジの言葉を途中で遮った。
目の前にある、にかっとした笑顔を見て、不知火さんに似ているな、とミョウジは思った。
『互いに丁寧な言葉を使うのをよしましょう?
僣越ながら申し上げますが、わたくしめは何故だかミョウジ様とはとても仲良くなれるような気がしてならないのでございます』
『!』
ミョウジは驚いて歩みを止めた。
自分も同じ事を相手に対して感じていたからだ。
人懐こい笑みを向けて小首を傾げるナマエに、じゃあ、と言ってミョウジはその提案を快諾したのだった。
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