二十四

見知らぬ人物が勝手に家の中に入ってきた事に、土方は当然眉を顰めたが、千歳が上手く説明をつけて父を納得させた。
残り僅かであった食事を手早く済ませ、一家は男鬼と対峙した。

『んで、』

淹れたての茶を啜って土方が言う。

『風間の所から何を持って来た』

男鬼は無駄の無い所作で風呂敷を拡げ、中から行李を取り出し、恭しくその蓋を開けた。

『先ずは御当主より…こちら、』

慎重に慎重を重ねる彼の手つきは、正に壊れ物を扱うものだ。
風間からの贈り物だというそれを、一同は思わず身を乗り出して覗き込んだ。

取り出されたのは長四角の布の包み。
男鬼が優しく優しく包みを剥いでいくと、中から現れたのは白く愛らしい花と幾つか蕾を付けた小枝であった。

『梅…?』

呟いたのは千鶴。
誰の反応も無かったが、皆が同じ事を思っていた。

『……っ、』

始めは皆と同じように、どうしてこの様なものを、という表情をしていた千賀だが、すぐに表情を変えた。

『風間家の御庭に咲く梅を、御当主自ら手折られた物でございます』

そう説明をし、男鬼は再び行李の中に手をやった。
皆が床に置かれた梅の枝を見つめる。

折られた箇所には、枝が枯れるのを遅らせる為の綿に水を含ませた物が巻かれていた。
そのお陰か、梅の枝はまるでつい先程折られたかのような瑞々しさを保っている。

『あの野郎、何でまた枝なんか寄越しやがった?』

訝しげに土方が首を捻ると、千賀は躊躇いがちに梅へ手を伸ばし、指先でそっと枝をなぞった。

『飛梅…だと思います』

『とびうめ?』

隣にいる千歳が顔を軽く千賀へと傾けた。
それを聞いていた男鬼は、ちらと千賀を見、気付かれない程度に目元を優しく細めた。

『御当主様からもう一つ、こちらの書簡もお預かりしております』

そう言って男鬼は三つ折りに畳まれた紙を千賀へ差し出した。
何が書かれているのだろうかと、千賀はそれを恐る恐る開いた。
土方も千鶴も千歳も、彼女の後ろからその手元を覗き込んだ。

“東風吹かば にほひをこせよ 梅花 主なしとて 春な忘るな”

『!』

千賀は片方の手で口元を覆い隠し、目を潤ませた。
紛(まご)う事無い父の字で書かれたこの歌とその意味を思い、胸がはち切れそうになった。

この歌は、菅原道真が九州に左遷となった時、大事にしていた梅に宛てた歌。
その梅は、主を想って後を追い、海を越え、京からはるばる九州に飛んで来たという伝説がある。

此処ではさしずめ、素直で無い風間の精一杯の愛情表現……可愛い娘を案ずる想いを梅に乗せて彼女の手元に届けた、という所だろう。

彼女の心を打ったのはそれだけでは無い。

『私は飛梅伝説の話が大好きで、幼い頃は父にせがんで何度もその話をしてもらい、何度もこの歌を詠んでもらいました。
…父はそれを、覚えていて、…梅を、』

千賀の説明は嗚咽に混じり、あとは言葉にならなかった。
分からず屋の父などもう知らない、とは言いつつも、やはり親子の縁を断つような真似は辛かった。

だが今、この一枝によって、本当は風間にその意思は無いと知った。
頑なだった心が氷解し、父への思いが再び沸き起こった。



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