一
冬の登校時刻というものは本当に寒い。
ナマエは、歩いていた自分のすぐ側を走っていった自転車を何となく目で追った。
乗っていた女子生徒はスカートの下にスウェットを穿いており、ナマエは妙に感心した。
なるほど、あれなら確かに寒くない。
だが、ナマエの通う高校、“薄桜学園”は毎朝厳しい風紀委員が正門に立って、登校する生徒達の身なりをチェックしている。
あの自転車の女子は恐らく減点1を食らうだろう。
一陣の冷たい風がナマエのスカートの裾を翻させる。
『!』
あまりの冷たさに身を竦ませて、タイツの着用が認可されて本当に良かった、と改めて思った。
ハイソックスで耐え忍んでいた今までとは、足下の温さが格段に違う。
『ナマエ姉さん!』
そんな事をぼんやり考えながら歩いていると、後ろから声を掛けられた。
振り返った先に見えたのは、従姉妹の雪村千鶴とその幼馴染みの藤堂平助だった。
彼等が手を振りながら駆けて来るので、ナマエは足を止めてそれを待ってやった。
千鶴の足下は紺のハイソックス。
あれは若さ故だろうかと、一つしか違わない彼我の差を密やかに嘆いた。
『おはよう二人とも。今日は早いのね?』
ナマエが声を掛けると、藤堂は苦笑いをして後頭部に手をやった。
彼はいつも夜遅くまでゲームで遊んでしまうので、朝早くに起きられないのだ。
『今日は私が早めに平助君の家に行ったから、おばさんが起こしてくれたの。
ね!』
『お、おう。
…ありがとな、すげー助かった』
花が咲いたような笑みの千鶴と視線を彷徨わせる藤堂。
二人のこのようなやりとりは昔から変わらない。
平助の気持ちにこの子が気付くのは何時になるやらと、ナマエは目を細めて穏やかに笑った。
三人で楽しく取り留めの無い話をしながら歩いていれば、あっという間に正門まで辿り着く。
『あ、兄さんだ』
そう言った千鶴が目を向けた先に、顔がそっくりな双子の兄、薫が腕組みをして立っている姿があった。
彼は風紀委員をしている。
その眼差しは鋭く、一人一人を品定めするかのようだ。
『今日朝早かったから、当番かなとは思ってたの』
千鶴の呟きに、そうだったの、と返そうとした時、すぐ脇の車道を黒塗りのリムジンが通っていった。
『『『!』』』
三人が三人とも驚いて足を止めた。
まさか、あの車は。
リムジンは正門の真ん前に堂々と止まったかと思うと、運転席から運転手が現れ、後部座席のドアを開けた。
中から現れた人物に、三人のみならず、登校中の全生徒の衆目が集まった。
金髪紅眼で眉目秀麗、上下が白の学ランという出で立ちは、何処をとっても普通では無い。
この学校の生きる伝説、生徒会長・風間千景その人だった。
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