総司はナマエの手から雑誌を奪い、自分の方へ彼女の身体を抱き寄せた。

包む様にして自身の腕の中へと収めて顔を近付けると、ナマエは顎を引いて目を背けた。

『…どうして逃げるの?』

キスを避けられて総司が口を尖らせる。
ナマエが口の中でもごもごと、恥ずかしいから、と言うのを聞くと瞬間目を丸くし、それから笑った。

『今更じゃない、キスなんか。
…さっきもしたし』

『恥ずかしいものは恥ずかしいの』

明るい場所では特にそうだが、至近距離に端正な顔がある事が耐え難く、ナマエは今までどうして普通にしていられたのかが解らなくなってしまった。

心を覆っていた強がりの殻を一枚剥した事で、ナマエは一つ素に近付いたということになる。
今までと打って変わって、すっかり可愛らしくなった彼女を愛しく思い、総司は華奢な身体を抱き締めた。

そういえば付き合いたての頃はしょっちゅう顔を赤くしてたっけ、と総司は昔の事を思い出していた。

顔を見られなければ恥ずかしくなく、ナマエは総司の肩に頬を寄せると身体を預けた。
そして目の前に彼の耳を見つけ、細い息を吹き掛けた。

『!』

驚いて身体を離した彼の反応に、ナマエは腹を抱えて大笑いをした。
やられっぱなしでは面白くない。
総司はナマエの両肩を掴むとその勢いでソファーに押し倒し、ブラウスのボタンを外しにかかった。





久々に心が通った事で、今日は凄く満たされた思いがする。
相手の腕の中で髪を弄ばれる感覚は何とも言えず幸せで、ナマエはもう少し余韻を味わっていたかったのだが、母親から“今何処にいるの、いい加減帰ってきなさい”という電話を貰ってしまい、慌てて身支度を整えた。

後ろにナマエを乗せて総司が全力で自転車を漕ぐ。
僕も一緒に怒られてあげる、という彼の言葉に、ナマエは胸が温かくなる思いがした。

つまらない意地でこの人と別れる事にならなくてよかった。
これからは肩肘張らずに気持ちをきちんと伝えていこう。

総司の背中に頬を寄せ、ナマエはそう思った。

『…有り難う』

『え?何か言った?』

ナマエが何と言ったか聞こえなかったらしく、総司は大きめの声で聞き返して来た。
その耳には風を切る音がしているのだろう。

いつもなら、何でもない、と言ってはぐらかす所だが、もうそれはしない。

『有り難う!って言ったの!』

そう叫んだナマエの言葉は、今度ははっきりと総司の耳に届いた。
後ろにいるナマエからは見えないが、彼はとても嬉しそうな顔をして、どういたしまして、と言った。

家に帰ればカンカンに怒った母親が待っているだろう。
しかし今日だけは、それを怖いとあまり感じないナマエであった。





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