突然の斎藤君の登場に、この場の一同が注目する。
どうして、なんで、という事の他に、コートも着ないでこんな所まで来てさぞ寒かったろうに、なんて事を私は思った。

原田さんと斎藤君が静かに火花を散らしている。
間に挟まれた私は何だか居た堪れない。

『あれ?一君じゃん。
どうしたんだよ、いきなり』

『せっかく来たんだ、一杯飲んで行くか?』

藤堂君と永倉さんがフレンドリーに話しかけるも、斎藤君は返事をしない。
原田さんに用事を尋ねられ、なんと答えようか悩んでいる様に見えた。

『…ミョウジに、か、火急の用があって来た』

私に?
一体何だろう。
こちらを見る斎藤君の目が微かに揺れている。
それは何だか、困っている様にも見えた。

背後で原田さんが私に身体を寄せたのを感じて、鼓動が急に早まった。

『その用事、明日じゃ駄目なのか?』

『あ、ああ、今すぐにだ』

最初はいきなり現れて驚いたっていう事もあって気がつかなかったけど、言動がどうもいつもの斎藤君らしくない。
何処か冷静さを欠いていて、動揺しているというか。

『じゃあその火急の用って奴を早く済ましちまってくれねえか?
今は見ての通り、ナマエは俺達と飲んでんだ』

『『!!』』

言いながら原田さんがいきなり私の肩を抱いたので、物凄くびっくりした。
何故だか斎藤君もこちらを見てびっくりした顔をしている。
普段はポーカーフェイスな彼がこんな表情をするなんて、とても珍しい。

斎藤君は少し間を置いた後、絞り出すように声を出した。

『…此処では話せぬ故、』

そう言って私の腕を掴む。

『ミョウジを借りていく』

まるで原田さんから私をひっぺがすみたいに強引に引っ張られ、私は慌てて鞄を掴んだ。
このまま外まで連れていかれる予感がしたからだ。

『…ごめんなさい、ちょっと席を外します!』

私はそれだけ言うと、斎藤君に連れられてその場を後にした。





ナマエはああ言ったが、今夜はもう戻って来ねえ気がした。

『逃がした魚は大きかった、って顔ね?』

千がナマエの席にやってきてそんな事を言った。
何かを知っているようで、楽しそうに笑っていやがる。

『…斎藤を呼んだのはお前か?』

『まあ、当たらずとも遠からず、って所かしら』

俺は盛大に溜め息を吐いた。
何となくだが、大体の事情は理解出来た。
後頭部をがしがし掻く俺の姿を見て、千が笑いながら背中を叩いてきた。

『まさかナマエちゃんに狙いを定めるなんて思ってなかったから…、結果的に悪い事しちゃったわね』

『ったく、こっちは久々に良い女に巡り合えたって思ったのによ』

恨みがましい目で睨んでやると、ごめんなさいね、と言って千は肩を竦めて舌先を出した。
こいつはこういうお茶目な所があって、いつも何だか憎むに憎めない。

『この埋め合わせは必ずするわ』

こういう義理堅さはこいつの美徳だ。
一度口にしたら、必ず果たす。
だから頼まれ事にも付き合ってやっちまうんだろうな。

『…この代償は随分高ぇぞ?』

『ふふ!解ってる。
今度は“何にもない”合コンに誘ってあげるから』

それが今回の埋め合わせの価値に見合うのかは解らねえが、そう言うならそうなんだろう。

もう一つ溜め息を吐くと、俺はさっきまでナマエが飲んでいた赤ワインを一気に干した。

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