『君に言っておきたいことがある』

背後からやっと烝さんの声がした。
でもそれは、いつもの挨拶では無かった。

『何でしょうか』

私は寝返りを打って彼の方を向いた。
すると彼もこちらを向き、初めて向き合う形になった。

『今回の任務、俺は副長の命で俺たちがあたることになった、と言ったと思う』

『はい』

『だが、本当は副長には雪村君かきみか、どちらかを選べと言われていたんだ。
そして俺は、ナマエ、きみを選んだ』

『…そう、なんですか』

何故この様な話をするのだろう。
何故自分が選ばれたのだろう。

『君もあの時指摘したが、君を選んだら、監察方が二人抜ける事になる。
多少心許無いが、雪村君を選ぼうと始めは思った。
でも俺は、私的な理由で、君を選んでしまったんだ』

烝さんは私の目を真っ直ぐ見つめる。
視線を逸らせなくて、私も彼の目を真っ直ぐ見た。

『それは、どうしてですか?』

『…君が側にいてくれたらと、思ってしまった』

彼は私を選んだ理由に、私情を挟んだ事を酷く悔いている。
その様子が言葉尻から読み取れた。
何と声を掛けて良いものか答えあぐねていると、でも、と言葉が紡がれた。

『半分程は、君を選んで良かったと思っているんだ』

そう言ってはにかんだ彼の笑顔に、不覚にも私の心は跳ね上がった。
今までも何度か笑い掛けてくれる事はあったが、これほど柔らかい表情は初めてだ。

『君は…ナマエは、いつも俺に対する気遣いを忘れない。
俺は任務だから夫婦らしく“しなければならない”と努めていたが、君は違った。
きっと君の気質がそうさせるのだろう。
君の自然な振る舞いのおかげで、俺はこの数日間、初めて任務が楽しいと思えた』

そこまでいうと彼の腕が伸びてきて、私の頭を撫でた。

『前置きが長くなってしまったが、“ありがとう”と言いたかったんだ』

まさか頭を撫でられるとは思わなかったし、謝辞を述べられるとも思わなかった。
すっかり冷静な対応が出来なくなった私は、恐縮です、と答えるので精一杯だった。



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