一
最近、溜め息の回数が増えた。
“徹底的に節電”を謳ううちの会社は、社内全ての蛍光灯が二分の一になっている。
寒い季節になると日がある内でも何となく薄ぼんやりしていて、憂鬱な気分に拍車を掛ける。
『斎藤さん、少し宜しいですか?』
少し高めの可愛らしい声。
あの子の声であの人の名前が呼ばれると、私は必ず溜め息を吐く。
私は目の前のパソコンからそっと頭を出して、一列向こうに目をやった。
声の主、雪村さんが何か書類を持って斎藤君のデスクを訪ねている姿と、彼女の手元を覗き込む形で身体を寄せる斎藤君の背中がそこにあった。
あの子は新入社員だし、彼はそれを指導する立場。
だから接触が多くて当たり前なんだよ、と自分に言い聞かせてみる。
しかし、そんな程度では到底納得出来ない私の心は、虚しく靄掛かったままだった。
大きく息を吐きながら背凭(もた)れに深く身体を預けると、ポン、という音と共に社内メール受信の知らせが画面に表示された。
(千ちゃんだ)
送り主は私のデスクの並びにいる千ちゃん。
黙っているとお姫様みたいに可愛いのに、その性格は気っ風がよくて肝が座っていて、姫というより“あねさん”だ。
冷めた紅茶に口をつけながら、画面をクリックしてメールを開く。
表示された内容に、私はその紅茶を危うくぶちまける所だった。
【今夜合コンやるから♪】
やるから、何だというのだ。
…ううん、解ってる。
これは“合コンやるから参加しなさい”という意味だ。
彼女の言わんとしている事は大体解る。
入社時からの付き合いは伊達じゃない。
背をのけ反らせて千ちゃんを見ると、彼女は私を見てウインクを飛ばして来た。
そしてもう一通メールを寄越した。
【同期の王子様見て溜め息吐いてるより、新しい出会いの方が断然良いわよ!】
千ちゃんは社内メールを完全に私物化している。
いつかバレやしないかとヒヤヒヤする私を余所に、彼女は満面の笑みでパソコンに向かっていた。
同期の王子様、かあ。
私はもう一度背筋を伸ばして斎藤君を見た。
雪村さんはもうそこにはおらず、斎藤君は自分の仕事に戻っている。
(後ろ姿も素敵だなあ)
働く男性の背中は業種問わず総じて格好良いとは思うけど、彼は特別。
少し腰を絞った型のスーツがこれまたよくお似合い。
私は入社時からずっと、斎藤君に片思いをしていた。
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