六
自分より、雪村の血を迎えた方が風間の御家の為になる。
良い鬼の血は、強い鬼の子を生み出す。
それに、あのように柔らかく笑う事が出来る方だ、きっと千景と睦まじい仲となるだろう。
…あのように、あどけない。
ナマエは先程目にした雪村千鶴の姿を脳裏に描き、溜め息をついた。
幼くか弱いものというのは、無条件に心を惹く。
それが千景の心を奪った要因なのだろうか。
もしそうならば、自分はどうしたって敵わないではないか。
里の反映と愛しい者の幸せの為に、自分は想いを殺して生きていこう。
ナマエは自己に暗示をかける様にしてその言葉を繰り返しながら、いつの間にかとっぷりと暮れた街道を歩いていた。
そのせいで、たくさんの人間が自分を取り囲む気配に全く気がつかなかった。
『ちょっとそこの兄ちゃんよぉ』
『!』
下卑た笑いを潜ませながら、身なりの薄汚い男が数人、ナマエの行く手を遮った。
この辺りを根城とする盗賊の一味だ。
『随分高そうなもん腰に下げてんなぁ?』
『此処を通る通行料代わりに、そいつを置いてってもらおうか』
男達が一歩近付いて来、ナマエは足を擦って身を引いた。
じゃり、という乾いた地面の音がした。
『おっと、逃げようったってそうはいかねえよ』
男がそういうと、ナマエの背後に隠れていた仲間達がわらわらと姿を現した。
前後合わせて、ざっと二十かそこらといった所だろうか。
『これだけの相手じゃあ、流石の兄ちゃんも立ち回れねぇよなァ?』
『なぁに、俺達も鬼じゃあねぇんだ。
命が惜しけりゃ、そいつを置いてきな』
『…っ』
夜目が利く盗賊達が、ナマエの太刀の価値を見抜いていた。
これは正に読んで字の如く“伝家の宝刀”なのだ。
それを、このような卑しい者達になど渡せるはずが無い。
数が多かろうが、人間には負けない。
ナマエは刀を抜いて静かに構えると、男達に対して敵をとった。
『おいおい、正気か?』
圧倒的不利な状況において刃を向けて来たナマエを、男達は下品な声を上げて笑い飛ばした。
『俺達をなめてっと、痛い目見るんだぜ…!』
そう言って一番前にいた男が、手にしていた刀を振り上げてこちらに襲いかかって来た。
ナマエが柄を握る手に力を込めてその刀を受けようとした瞬間、男の腕の肘から上が真一文字に“吹き飛んだ”。
『下種が。死んで詫びるがいい』
ナマエは弾かれた様に声がした方を見た。
『千景…!』
予想だにしない人物、風間が姿を現した。
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