髪を高く結い上げた。
袴を着、左腰に太刀を差した。

美しく中性的な顔立ちも手伝って、ナマエは妖艶な雰囲気を持つ男性剣士の姿をとって京への道を駆けていた。

待つばかりじゃいられない。
全てをこの目に映して、この心で感じないと。

里を出てから一度も休まずに走り通した為、流石に疲労を感じる。
しかしそれ以上に逸る気持ちが身体を動かし、ナマエを京へと急がせた。



途中宿を取って眠ろうにも、強い焦心の気持ちがそれを許さない。
翌日からは露宿にて睡眠をとった。

胸がつかえる様で食事も喉を通らない。
今のナマエは僅かな水分と、風間に会いたいという気持ちだけで活動していた。

それから数日後の昼、漸く京に辿り着いた。
活気と賑わいが魅力の町並みも、今はナマエの心を惹くには至らない。
呉服屋にも小間物屋にも目もくれず、真っ先に薩摩藩邸を訪ねて風間の居場所を聞く。
礼の言葉もそこそこに、ナマエは風間が逗留しているという宿を目指した。

会ったらまず何と言う?
もしかしたら既に雪村の娘を手に入れて、共に居でもしたら、如何する…?

胸中であらゆる思いを渦巻かせながら早足で進んだ。
やがて目的の場所の暖簾が目に入り、小走りで駆け寄る。
一度深い呼吸をし、ナマエは中へと入った。



『…何をしに来た』

散々恋い焦がれた者が目の前にいる。
その隣に懸念した人物の姿が無い事に安堵したが、掛けられた最初の言葉がそれで、ナマエはその場に立ちすくんでしまった。

自分を見つめる鋭い眼光は、以前すすき野原を共に眺めた時とはまるで別人だ。

拒絶を、されている。

そう察した瞬間、ナマエは身の内で何かがひび割れたのを感じた。

『…久々に会った相手に言う台詞がそれなの?』

声が震える。
何が可笑しいのか解らないが、ナマエの口元には自嘲的な笑みが浮かんでいる。
風間は忌々しそうに舌打ちをし、彼女から視線を外した。

『この地はお前の様な者がいるべき所ではない。
…里へ戻れ』

『どうして?
…雪村家の女鬼を手に入れるのに忙しいから?』

ナマエが言った言葉に明らかな反応を示し、風間は睨み付ける様にこちらに目をやった。
万人を震え上がらせるというその視線に耐え、ナマエは泣き出しそうになるのを堪えながら続けて言葉を紡いだ。

『千景が贈ってくれた花、凄く嬉しくていつも楽しみだった。
でも、それをしてくれなくなった頃と、雪村家の女鬼を見つけた頃と、同時期なんだって後で気付いたの。
…ちゃんと言って。
千景は今、雪村の女鬼を手に入れるのに忙しいの?』

自分の推測は恐らく限り無く黒だ。
だがそれでも、何処かで“違う”と信じたかった自分がいた。
それ故、風間の口から呟かれた“そうだ”という言葉に必要以上に激しく動揺した。
膝から力が抜ける感覚がしたのを最後に、ナマエの意識は暗い闇の彼方へと投げ出された。

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