夕焼けの中、風を受けて波打つすすき野原はまるで金色の海の様だ。
幻想的なその様子を、少し離れた高台から男女の鬼が肩を並べて眺めていた。

『…凄く綺麗。
すすきのあの色は、千景の髪色に良く似ているね』

そう話す女鬼は、隣にいた男鬼の名を親しげに呼び、風になびく彼の金の髪に指先で触れた。

『ナマエがそう言うのなら、そうなのだろう。
俺にはよく解らぬ』

女鬼の名を、やはり慕わしそうに口にした男鬼は、その素っ気無い言葉とは裏腹に、優しい眼差しを彼女へと向けていた。

他者との接触を疎んじるこの男鬼は、唯一この女鬼のみ側にいる事を許していた。

この二人、風間千景とミョウジナマエは恋仲であり、それぞれ身分卑しからぬ存在である。
どちらも純血の鬼という高位の存在のため、自然と周りはこの二人はいつか夫婦になると思っていたし、当人同士も口約束ではあるが、将来を誓いあっていた。

身に受ける風が少し涼しく感じる。
風間はナマエの身体が冷えぬ様にと肩を抱き、ナマエもまた極自然に彼に頭を預けた。

『千景、もうすぐ京に行っちゃうって、本当なの?』

先程屋敷内で耳にした噂話を直接尋ねてみる。
聞き難い事ではあるが、避けてはいられないと、ナマエは敢えて単刀直入に言った。

少しの間があり、風間が重く口を開いた。

『ああ。
かつて先祖が受けた恩に報いる為、不服ではあるが薩摩藩の人間どもに手を貸してやる事になっている』

『そう…』

鬼は義理堅く、受けた恩はたとえ何代も前のものであったとしても必ず返す。
一族の命と生活を預かる立場にある風間は、自ら恩返しに行こうと言うのだ。

『京を拠点とする故、暫くこちらには戻って来られん。
…意味は、解るな』

『ええ…』

暫く里に戻れない、それ即ち暫く会えないという意味である。
明言しないのは風間の優しさであることがナマエには解っていた為、それ以上は何も言わなかった。

『藩の人間どもの願いは倒幕だ。
それが叶えば俺の報恩も終わる事になるだろう』

ナマエが僅かに塞ぎ込んだのを察して風間が口を開いた。
やや顔を傾けてナマエが風間を見ると、彼はその目にすすきを映している様だった。

『全ての片を付けて再びこの里に戻って来た暁には、お前を嫁として風間家に迎える。
そのつもりで待っているがいい』

『!』

今までは“いつか一緒になろう”というばかりであったが、今回は違う。
はっきりとした条件が示されたのだ。

その言葉だけで、待つ辛さが随分違う。
ナマエは目を潤ませながら、優しい笑みを浮かべる愛しい者の胸へ顔を埋めた。

いつになるかは解らないが、その時が来たら、必ず。

情愛の籠った口付けを交わしながら、二人はそう約束した。



そして風間が出立する日、ナマエは笑顔で彼を送り出したのだった。

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