【逆トリ斎藤さんシリーズその4】






『ん…』

がらがら、という引き戸が閉まる音がしてぼんやりと目を覚ました。
うっすらと目を開くと、一緒に布団に入ったはずの斎藤さんがいなかった。

カーテンから光が漏れて来ないあたり、まだ日付が変わったばかりだろうか。
私は大きな欠伸をして、また目を閉じた。

嫁入り前の女子と同衾など出来ぬ、
という彼に、
何言ってんですか、同棲して随分経つんですから寝るくらい何でもないでしょう、
と言って無理やり布団に押し込んだのが数時間前の事。
昔人間の彼にはさぞかし刺激的な事だろう。

何故こんな事をしたかというと、片時も離れたくないと思ってしまったから。

普段は寝る場所を分けていて、互いに朝まで顔を合わせない。
いつもの様に、おやすみ、と言われて背を向けられた時、私の胸は抉(えぐ)られたかの様に痛んだのだ。
その痛みはどうにも耐え難く、私は彼を自分のベッドへ押し込んだのだった。

一度覚醒してしまった意識は聴覚のみを鋭敏にした。
うとうととまどろみながらも耳だけは彼の気配を追っている。
陶器かガラスの音が聞こえたから、水でも飲んでいるのかもしれない。

『…』

本来彼は存在自体が有り得ない人だから、いついなくなるかも解らない。
それは、彼のキスを受ける時に覚悟したはず。

したはずだったのに。

…あれ、と私は思った。
長考から覚めても斎藤さんが戻って来ない。
音はいつの間にか止み、全くの無音だ。

トイレにでも行ったのかと、息を詰めて暫く窺ってみるも、やはり音は聞こえない。

どうしたんだろう。
不安な気持ちが私から眠気を奪っていく。
先程までいつでも眠りに落ちそうな雰囲気だったのに、すっかり冴えてしまった。

『…斎藤、さん?』

戸の向こうへ声を掛けてみるが返事が無い。
心臓が嫌な脈を打ち始める。

まさか、いきなり消えてしまったなんて事は。

それはないだろうと思いながらも、それを否定しきれない自分もいる。
何の前触れも無く現れたのだから、その逆だって十分あり得る。

『…』

呼吸が自然と浅くなる。
嫌だ、と思った。
だってそんな、せめて別れの挨拶くらいさせてくれたって。

居ても立ってもいられず、私は勢いよく布団を剥いで身体を起こした。
そこに居てくれる事を願って引き戸を開けると。

『…!』

ひどく驚いた顔でこちらを見返す斎藤さんの姿があった。
彼は麦茶の入ったマグカップを手にソファーに腰掛けていた。

『起こしてしまったか』

驚いた顔をすぐに柔和なものにして、斎藤さんが私に笑い掛けた。
その表情に一気に不安が霧散し、私は泣いてしまった。

『!?…どうした、何故泣く』

突然泣き出した私に目を見開き、斎藤さんがマグカップを置いて腰を上げた。
気付けば私は彼へと駆け寄り、そして飛び付いていた。

よろめく事なく私を抱きとめ、彼は黙ってただ抱き締めてくれていた。
髪を撫でる手つきがぎこちなく、私はそれが堪らなく愛しくて更に泣いた。

この時はっきりと気付いてしまった。
恋を失った時の苦さを味わうのが嫌だったから、ちょっと遊んでみようと思っていた。
けどこれはもう、火遊びで済む様なそんな軽い気持ちでは無い。

私は、斎藤さんを本気で好きになってしまった。







(何してたんです?)
(いや、何となく惚けてしまっていただけだ)
(…そうでしたか)






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