十四
里の“厄介者”とも言える自分を、不知火家の者たちや民達が嫁として認めるのか。
人間の商家に生まれ、鬼の平民として育った自分に、不知火家の様な高位の屋敷でやっていけるのか。
前途は必ずしも良いと言えるものではないが、ナマエは不思議と何とかなるように思っていた。
不知火をもってすれば、民達を説くなり何なりして納得させるのは難しくないだろうし、何より、ナマエはこの不知火が惚れた存在であるのだ。
悩んでたって答えは出ない。
きっと大丈夫。
ナマエは箪笥から着替えを出して、喜び勇んで外に出ようとする不知火を捕まえて手渡した。
彼は浴衣姿のままであったし、服はまだ乾いていなかったからだ。
見知らぬ服を着て見知らぬ女鬼を連れて屋敷に戻った不知火を、家臣や使用人一同は皆、瞠目して迎えた。
『不知火様、そちらの方はどなた様でしょうか?』
家臣の一人から当然の質問が投げ掛けられる。
ナマエは瞬間緊張したが、不知火はいきなりナマエの肩を抱き、
『こいつはナマエ。
俺が見つけた、俺の嫁になる女だ』
と言い放った。
『嫁、ですと…!?』
その場にいた者は一様にざわめき出し、ナマエを穴が開く勢いで凝視した。
そして次の瞬間。
『やあやあ!なんとめでたい!
漸く不知火様が奥方様を得られた!』
一斉に破れんばかりの歓声が沸き起こった。
手を叩く者、指笛を吹く者、雄叫びや奇声を発する者、飛び上がる者など、皆が皆喜びを態度で示している。
流石にこの反応は予想しておらず、ナマエは固まってしまった。
里の風土がそうさせるのか、不知火家の屋敷に仕える者は陽気な者が多かった。
その後すぐ、広間に重臣級の者を集めてナマエの生い立ちや身元などが、不知火の口から述べられた。
純血でないことや、かつて問題を起こした女鬼の娘という点についても語られたが、それについて追及しようとする者は誰一人として無かった。
大事なのは性根や器量といった部分なのであり、家の格式などは重視しない。
不知火がそういう気質なせいか、此処では誰もが似た考えを持っていた。
『…以上がナマエについての話だ。
何か言いてぇ事があるなら聞いてやるが、何かあるか』
不知火の言葉に対し、誰も異を挟まない。
頭領の手前、皆真面目な顔つきではあるが、誰も彼も何処か嬉しそうだ。
『無ぇんだな?
…よし、そんじゃ早速祝言の仕度だ。
日取りはいつでも構わねえ、準備が出来次第すぐ行う。
てめぇら解ってんだろうが、晴れの舞台なんだからけちんじゃねえぞ?
盛大な祭にしろよ』
不知火が愉悦の笑みでその様に言うと、重臣達もまた満面の笑みで、勿論心得ております、と答えた。
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