七
差し出された酒を一口呑んで不知火は驚いた。
これは美味い。
杯でちびちびやるのはもどかしいから、と椀になみなみ装ったのだが、あまりの味の良さに不知火はそれを一気に呷った。
『そんなに急いで呑んだら回りが早いですよ』
ナマエは不知火の良い呑みっぷりを見て笑った。
ほんのり甘酸っぱく口当たりのいい濁酒は、その呑み易さからつい杯が進んでしまう。
しかし酒精はきつく、酒に強い鬼と言えど呑み過ぎれば酔っ払うだろう。
それを心配して言ったのだ。
『いや、それは解ってんだけどよ…。
この濁酒凄ぇ美味ぇから、つい、な』
『それは有り難うございます。
まだおかわりはありますから、ゆっくり味わって呑んで下さい』
銚子の代わりに用意された土瓶から、不知火の椀に次の酒が注がれる。
それを一口含み、今度は香りを口中に広げながらゆっくり嚥下した。
『飯も旨い、歌も上手い、その上更に酒作るのも上手いとくると、ちぃとばかりずりぃ気がすんな』
白い歯を見せて不知火が人懐こい笑みをナマエに向ける。
ナマエは、恐れ入ります、と言って微笑み返した。
『何か一つくらい苦手なもんとかねえのかよ?』
不知火は酒と共に出された漬物を一齧りした。
絶妙な塩加減は酒の肴にぴったりだ。
『そうですね…。
…雷、が苦手です。稲光は平気なのですが、雷鳴が駄目でして』
そう口にするナマエは、少し俯いて恥ずかしそうにしている。
『へえ、雷か!
結構可愛い所もあるじゃねぇか』
ナマエは、雷が怖いなど童のようだと思っていたのだが、明るく笑い飛ばす不知火に馬鹿にしている様子はない。
照れながら笑い、ナマエは安堵した。
一緒に呑もうとナマエにも酒を勧め、二人は杯と椀を酌み交わした。
酒が入った事で話は更に弾み、互いに様々な事を語り合い、日が暮れる頃にはすっかり打ち解けていた。
干してあった服も乾き、不知火は再びそれに袖を通した。
『ありがとな、今日は凄ぇ楽しかったぜ!
つー訳で明日もまた来るわ!』
帰り際にそう言われ、ナマエは目を丸くした。
相手はただの男鬼ではなく、この里の頭領だ。
そのような人物であるから、この日限りの事とばかり思っており、明日も来ると言われて心底驚いたのだ。
『私は構いませんが、不知火様は宜しいんですか?
日々のお務めがおありでしょうに』
ナマエは不知火を案じて言ったのだが、彼はそれを鼻で笑った。
『んなもんは屋敷の奴等が上手くやるからどうでもいいんだよ。
よし!じゃあまたな!』
言うが早い、不知火は地を蹴って空中へ跳び、そのまま木々に紛れて姿を消した。
ナマエは、何だか嵐の様な方だなと思いながらも、明日がくるを楽しみに思ったのだった。
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