半分程眠りかけた所で妻の声がして、風間は緩く意識を引き戻した。
このまま寝てしまいたかった気もして、少しだけナマエを恨めしく思った。

『千瀬が、摺り這いが出来る様になりました』

『ほう』

返事をするとナマエの指圧の手が止まった。
今暫く心地良さを感じたかった風間は、肩に置かれた妻の手を取って項(うなじ)の方へやり、この辺りをやれという意を仄めかした。
背後で微笑む気配がして、項周りで指圧が再開された。

手を動かしながらナマエはその時の様子と思った事を語った。
泣いた分だけ力が付き、成長が早まると仮定する。
とすると三つ子の中で最も泣いている次女は一番育ちが早い事になる。
故に他の二人がまだ出来ていない摺り這いが出来たのではないか、という旨を話した。

『…子の成長は十人十色と言うがな。
その辺は俺にもよく解らんが、お前の話にも一理ある様に思う』

すっかりナマエに身体を預け、頭を垂れたまま風間が言った。
夫のこのような油断し切った姿はとても珍しい。
それ程までに気持ち良く思って下さってるのだなと、ナマエは嬉しくなった。
風間の言葉は続く。

『しかし、去ろうとする母を泣いて喚いて呼び止めるなどとは、困った姫君だな』

風間は時々、娘達に対する親愛の情の表れとして、姫、と呼ぶ事があった。
その時は大体、娘達の事を可愛いと強く思っている時である事をナマエは知っている。
風間の口調や今の呼び方から、自分と同じように子の成長を喜んでくれていると解り、ナマエは幸福感を覚えて胸が温かくなった。

手を止めて、静かに正座をする。
かつて様々な想いで見つめた風間の背中を改めて眺め、ナマエは手の平を当てた。
その広い背に頬を寄せて目を閉じると、不思議と京での日々が追懐された。

変わったものはたくさんあるが、この背から伝わる温もりと心音の様に変わらないものも勿論たくさんある。
この方を慕う思い、この方から愛される自分。
この先ずっと変わらずにありたいものを心に浮かべて、ナマエは形の無い何かに向かって密やかに願った。

『…!』

寄り添っていた背中が唐突に脇に退き、ナマエは前に倒れて風間の胡座の中に飛び込んでしまった。
身体を起こそうとするナマエに後ろから覆い被さり、風間は彼女の耳を甘噛みした。
ナマエは声にならない声を上げた。

『姫君、で思い出したが』

ナマエの襟元を寛げて白い肌を顕にさせ、風間は唇を寄せた。
くすぐったさに肌が粟立つ。

『その年最初の交わりを姫始めと言う。
…このような日に事を為すのも一興とは思わぬか?』

このような日とはどの様な意味ですか、と尋ねたかったが出来なかった。

背にナマエが寄り掛かった時、彼女から甘い香りが匂い、捉えて肌に触れたい、という欲を覚えた。
そう自覚するともう眠気など何処かへ行ってしまい、それしか考えられない。
理性より感情を優先させるとは鬼らしからぬ振る舞いであるが、相手が好いた女なので仕方が無い、と風間は己に言い訳をした。

低い声で囁かれるとナマエは弱い。
加えて、背後から愛でられるので獣のようで恥ずかしい。
四肢で自分の身体を支えてはいるが、力が上手く入らずに崩れ落ちそうになる。
辱めを受けているはずなのに何故かそれを嫌だと思えず、自分の感性はこの人に合う様になってしまったようだ、と鈍い頭でぼんやり思った。

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