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死神を目指して邁進する日々を送る中、昼休みにひとりの時間を作り、本を読むのが好きだった。
穏やかなひと時を与えてくれる。心に安息をもたらしてくれる時間というものは大切だ。

「外へ出たら気持ち良さそうだな…」

ふと窓際で雲を見上げると、丁度天気も良く、僕は本を片手に外へ出る事にした。
昼休みの学院内は院生達で賑わいを見せている。どうせなら誰にも邪魔されない静かな場所で読みたいと思い、裏庭へと向かった。

裏庭に着くとそこには、溢れんばかりの緑色に生い茂った木々があり、優しいそよ風に吹かれて揺れている。
木に凭れて座ると、揺れる枝の隙間から、時折陽の光りが差し込んで僕を照らす。

心地良いと思いながら、本を束ねている赤い紐を解いた。
すると、指先に挟み持っていた紐が吹き抜けた風に乗り、泳ぐように舞う。まるで、遊んでくれとでも云っているかのよう。

思わず笑みが零れ、直ぐに本を傍らに置いた。懐かしいな、と思いつつ、紐の両端を結んで輪を作る。
両手の親指と小指に紐を通し、中指で交互に掬えば、意識を強く引かれ、いつしか一人遊びに夢中になってゆく。



そんな昼下がりの午後の事。
突然目の前に影が掛かり、仰ぎ見ると、視界に映った姿に僕は眼を瞬かせた。



「いっ、市丸副隊長!」

そこに居たのは、忘れもしない御方。
一回生の頃、虚に襲われたあの時、僕は死を覚悟した。死の淵へと追い詰められた境地では、怖くて怖くて涙を流す事しか出来ないで居た。

その時、助けてくれたのは…、忘れもしない彼だった。

僕達院生が束になっても全く敵わなかった虚を斬魄刀で一突きだった。あまりにも無駄のないその強さ、精悍さに見とれた。

その時僕は、彼のように成りたいと思い、それと同時に、貴方の下で仕えたいと…、命を救ってくれた貴方に、僕の出し得る能力全てを捧げたいと思ったのである。

憧れの人が、今目の前に居るなんて…。

突然訪れた再会に僕は驚き、挨拶はおろか、立ち上がる事すら出来ないでいる。

「綾取り好きなん?」

すると彼は、僕のそんな無礼も構う事無く、目の前に腰を下ろすと微かに口角を上げ、こちらを見つめ返して来た。
間近で視線が絡み、途端、何故だか胸の奥が焼け付くような熱さに襲われる。滑らかな声に、首まで朱に染め上げられる。

「いえ…っ、あのっ、これは…」

恥ずかしいような気圧されるような感覚が込み上げ、堪らず目を逸らしてしまった。
と同時に、両手を重ねて思わず紐を隠してしまう。
男としては少し女々しい手遊びをしている事が、無性に恥ずかしかったのだ。

「ええやないの、恥ずかしい事あらへんよ。ボクにも教えてぇな」

すると彼は愉快そうに眼を細め、掌の中へと指先を侵入させて来る。瞬間、触れた体温に胸が大きく鼓動する。
未知の感覚が続けて二度も訪れた事に、不意に狼狽えてしまい、何か返事をしなくてはと思うが、言葉にならない。

動揺を隠せないでいると、市丸副隊長が笑いを含んだ声で言葉を継いだ。

「可愛らし。顔朱うなっとるよ?」

引っ掛けた人差し指の先で滑るように紐を抜き取られ、彼の両手親指と小指に絡む。そして手を左右に広げた光景が眼に映った。
重ねられる言葉に一層顔が紅潮してしまう自分が居る。揺らぐ淡い銀糸から覗く切れ長の双眸は、一秒ごとに熱っぽく僕の心を魅了し、捕えられたように眼が離せない。

「そない可愛え顔で見つめられたら恥ずかしいわァ」

「か、可愛いなんて、そんな事…っ」

くすくすと笑う風采からは、恥ずかしいなんて微塵も感じられない。からかわれているのだと思うと一層羞恥が巡り、「可愛い」なんて言葉を容易く云ってのける彼を前に、僕は翻弄されるばかりである。
だが、決して嫌では無かった。寧ろ嬉しく思ってしまうのだ。男に告げる科白としては相応しない言葉。勿論僕もどちらかと云えば、「可愛い」と云われるのはあまり嬉しい方では無い。
だが、彼に云われれば、こんなにも胸が疼いてしまう。小さな悦びに浸ってしまう自分に困惑するばかりで、再び俯くと息を呑んだ。
この甘酸っぱいようなむず痒い気持ちは一体何なのか…。

「なした?早う教えてやぁ」

顔を覗き込んで声を掛けられ、はっと我に返る。

「も、申し訳ありません…っ!」

話している相手を前に考え込んでしまうなんて…。先刻から失礼な事ばかりをしている気がしてならない。
慌てて謝ると、これはきっと副隊長格である御方を前にしての緊張の所為であると思い直し、落ち着けと自分に云い聞かせて、息を整えながら輪を作る紐の縁へと手を伸ばした。



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