あいにく私は海生まれでも海育ちでも無い。生粋の夏島生まれ、夏島育ちだ。
そのせいか夏島の海域に入ると必ずと言っていいほど懐かしい記憶が蘇る。
灼きつける陽射しに、庭先に出された決して大きくない玩具のプール。夕立ちの後に漂う、緑や土に雨が混じった自然の匂い。風鈴の音、蝉の鳴き声。不在がちだった両親の事情もあり、夏休みじゅうはずっと祖父母宅で過ごしたこと。
心配性な祖母が作る料理はどれも美味しく、毎回愛情がたっぷり詰まっていた。言葉少なくとも、大らかでいつもあたたかい眼差しで包んでくれた祖父。
ああ、あの頃は目に映るものすべてが輝いて見えたのに。大人になり、現実を充分過ぎるほどこの目に映してきた。
大好きだった祖父母はもういない。あの庭先も、古い造りのやたら大きな家も、今はもうない。
記憶を辿ってあの頃を想うたび、底知れない切なさが胸にやってくるのだ。
今の生活に不満はない。ただ、どれだけねだってもどれだけお金を払っても二度と戻らないあの頃がいとおしくて恋しくて、尊くてたまらなかった。


沈む夕日を眺めながらそんなふうに情緒的になっても、夜が更けて寝て起きれば騒がしい一日が始まる。
先ほど小さな無人島に到着したので、これから嫌というほど周囲も私も騒がしくなるだろう。

船番なんて必要ないくらい小さくて周りには何もない島。見えるのは広い海原と白い砂浜くらいで何の警戒もいらない。
全員で船を降り、ビーチではバーベキューを堪能する者、次回の飲み代や宿代を賭けたフラッグ対決やバレー対決、高性能な水鉄砲で腕を競い合う者たちやなぜか真剣に泳ぎに励む者。
毎日海の上を漂っていてもこうして実際に海と戯れる機会は意外と少ないので、各々ここぞとばかりに大騒ぎしている。
私はというと。


「ぎゃあああ!待っ、パッド取れる!取れるって!」

海の中、シャンクスの片腕に捕まって抱きかかえられればこの先起こることはたったのひとつ。
だけど私としては投げ込まれることよりも、詰め込んだものがするりと抜け落ちてしまうことのほうが心配だ。

「いいぞお頭ァ!!思いっきり投げちまえ!」
「付けてたって大して変わりねェだろ!ははは!」
「ぎゃはは!違いねェ!」
「いけェ!お頭ァ!!」
「野郎共ォ!!お頭が手ェ離したらさっさと退散するぞ!!」
「そうだな!こんな晴れ晴れした日に般若みてェな面は見たくねェ!」
「「「ぎゃはは!!」」」

周りだけでなく、向こうの砂浜からも流れてくる品のない煽り声を聞きながら、予想通り私は海に沈没。詰め物が無事だったことに安堵して怒ることはすっかり忘れていた。
動いてはお腹を満たし、を繰り返しているうちに、あっというまに海はオレンジに染まる。

「シャンクス!着替え取りにちょっと船戻るけど、何か持ってくるものある?」
「おれも行くよ」
「そう?じゃ一緒に行こう」

他愛もない話をしながら砂浜を歩き、甲板に足を踏み入れると不意打ちで唇を奪われて。

「着替えるんだろ?手伝ってやる」
「ちょ、シャンクスくすぐったいよ!あはは!」

誰もいない静かな船に響くのは、ふざけ合う私たちの声だけ。
赤い髪は夕日に照らされているせいか不思議な色で輝いていて、それはシャンクスの特別さを際立たせているような気がする。
ここへ来た本来の目的を思い出したので、部屋に行って水着の上に羽織りものを着て再び一緒に船を降りる。冷蔵庫から盗ってきたアルコール瓶を片手に波打ち際をまたふざけ合いながら歩いていると、返す波の影響で砂に足をさらわれてしまい体がスローモーションで崩れ落ちていく。

「っうわあ!」
「うわっ、おい!」

シャンクスの助けはギリギリのところで間に合わず、二人して倒れこんでしまった。手元からこぼれたアルコールまみれになって。そのうえ寄せてきた大きめの波が私たちを容赦なく襲うから、シャンクスは盛大に笑い出し釣られて私も大笑い。

「・・・!笑ってる場合じゃねェ!怪我してねェか!?血は?!」
「うん大丈夫だよ。ていうかそれ私を海に投げ込んだ人が言う台詞?!」
「まァまァ、細かいことは気にすんな」

ちょっと心配性なシャンクス。立ち上がっておおらかな笑顔を見せ、差し出してきた右手はとても温かい。


手を引き笑う君の隣、
目に映るもの全てが輝いて見えた


遠い昔。夏の日。眩しかったあの頃。
その姿に私の大好きな人たちをみた。
やだな、泣いてしまいそうだ。

thanks/憂雲
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