「いつまで拗ねてんだよ」
「子ども扱いしないでよ」

事の発端は、クルーが増えたことだった。どうにもこうにも部屋数が足りなくなったところで一人部屋の私に白羽の矢が立ち、止めの一撃は「船長たちは付き合ってんだから一緒の部屋で良いじゃないスか」というシャチのふわっふわに軽い発言。皆が納得し、あれよあれよと言う間に私の荷物はローの広々とした部屋に運ばれてしまったのが今朝の話。
昼間はまだ良かった。ダイニングだったり、甲板だったり居場所はこの船のどこにだってある。ただ日が沈んで夜が深くなるにつれて各々自室に散っていくから、そうなると今の私には居場所といったらローの部屋しかない。
ローが嫌いなわけではない。ただ、カップル特有の甘ったるい時期を過ごしたことのないまま長くきてしまったので、新鮮な環境が気恥ずかしくて仕方ないのだ。


「誰も子ども扱いなんてしてねェだろ。人がせっかく機嫌取ってやろうとしてるんだ、素直になれ」
「はいはい、どうもありがとう。先にシャワー浴びるよ」

反論するのも面倒になったので、着替えを抱えて備え付けのシャワールームに逃げ込む。
下着姿で洗面台の鏡を覗き込んでみると普段の自分とは違う自分が映っているような気がする。ローにはどう映っているだろうか。照れ隠しだとバレているのが分かってしまうから、もうどうしたらいいのか分からない。いや、何を考えようと企もうと取り繕おうと無駄だ。どうやっても敵わない存在を恋人にしてしまったのだから。
観念して、シャワーを浴びたら一緒にお酒でも飲んでたまにはゆっくり話でもしようかな、なんて思いつくと鏡の中の私は可愛らしく頬笑んでいた。

気持ちに整理がつき、ホックを外そうと背中に手を伸ばすとなんの遠慮もなく開いた扉に思わず飛び上がる。


「っぎゃああ!なに!なんで入ってくるの!」
「・・・今さら何言ってんだ。お前の裸なんて見飽きるほど見てきた」
「ロ、ローみたいな図太い男には分かんないだろうけど、それとこれは違うの・・・!とにかく出てって!」
「はいはい、わかったよ」

思わぬ奇襲を受けたので、下着を脱ぎ棄てて急いでシャワールームに飛び込んだ。飛び上がったり飛び込んだり、忙しくて仕方ない。
いつローがまた扉を開けてくるかと思ったら気が気じゃなくなり、磨り硝子の向こうを何度も確認しながら全身に手を滑らせる。馬鹿馬鹿しい。さすがに私も自分に呆れてきた。
そして後にシャワーを浴びたローは、タオルも巻かずに堂々と出てくるからいよいよ本当に自分が馬鹿らしくなってしまう。

「フルオープンでうろうろしないでよ・・・!」
「馬鹿言え。おれはいつもこうだ」

確かにそうなんだ、分かってる。
週に一、二度はこうして夜を共有して一緒のベッドに入り朝まで過ごすのだから、ローのライフスタイルはもう完璧なまでに熟知しているというのにツッコまずにはいられない。
その後しばらくはソファで、それぞれが好きなお酒を飲みながら私は雑誌を、ローはなんだか難しそうな医学書を読んで普段のように過ごすことができたけれど、向かい側で分厚いそれの閉じる音がしたときこの状況を再び実感してしまう。

「寝るぞ」
「私今日はここで寝るー」
「好きにしろ」

無関心な口調で灯りを消したローは、そのまま大きなベッドに体を沈めたようだ。暗闇のなか私はそのままソファに寝転がってブランケットを首まで上げる。
初日だけ。慣れないこの環境も、きっと明日になれば普通に過ごせるはず。そう信じて瞼を閉じると優しく促すような口調の聞き慣れた声が耳に届いてきた。

「・・・あのなァ、何回も言わせるな。お前はこの部屋に普通に出入りしてた、朝まで寝ていくことも数え切れねェ程あっただろ。今さら何をそんなに気にする必要がある?」

分かんないけどなんか照れるんだよ・・・っ!と心の中では叫んでるくせに、口は開けない。

「照れ臭いんだろ」
「・・・!!」
「少しは可愛いところがあったな。こっちに来いよ」
「・・・・・・いま絶対悪い顔して笑ってるでしょ」

シーツが擦れる音と、数歩の足音。

「それともこの狭苦しいソファで仲良く寝るか?」
「狭くないよ。私とローが寝ても大丈夫なくらい大きい」
「そうだな。そのために買ったんだから」

ブランケットを捲って隣にきたローに思いきり抱きつけば、さっきまでの照れはどこかに消え失せ代わりに甘い甘い感情が私を支配していく。


ハートを揺るがすナイトメア

ソファで大の字になっている私、そんな私に蹴飛ばされたのかソファの下に落ちているロー、それぞれ爆睡するのをベポが見つけるのは六時間ほど先の話。

thanks/誰そ彼
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