船上生活の良いところは、いつでも話し相手がいるところ。日中はもちろん深夜だって朝方だって誰かしら暇を持て余しているから、ちょっと船内を歩けばすぐにそれは見つかる。
夕食後、部屋に戻っても特にすることも無いので食堂から甲板に出ると、すぐ近くで立ち話をする二人組を見つけた。私も仲間に入れてくれ、とばかりに余計な感想付きで近付く。


「なんかさ、絵面が美男と野獣って感じ」
「ンだと!?」

野獣もといサッチが牙を剥いたので、美男の後ろにサッと身を隠す。笑いながらこちらを見たときの彼の横顔は月あかりに照らされてそれはもう美しく、気を抜くと見惚れてしまいそうになる。

「飯食ったのか?」
「うん、食べた!」

笑顔で答えると彼は目と口に弧を描き、にっこりというありきたりな表現がとても合う笑みを返してきた。


「あ、そういえば一時間くらい前マルコがイゾウさんのこと探してたけど、会えた?」
「ああ、会ったよ」
「そっか良かった。なんか急ぎの用事みたいだったから気になってたの」
「なあ、おまえってさー」

牙を収めたサッチが口を開く。
聞けば、なんでお前はイゾウだけ丁寧に呼ぶんだよなんて今さらなことを口にするから、あからさまに呆れてしまう。


「あのさ。それ一年に一回くらい聞いてくるよねサッチ」
「だっておかしくねェ?マルコとかおれには馴れ馴れしいくせによォ、イゾウだけさん付け」
「構わないって言ってるんだけどな。なかなか変えてくれねェんだよ」

な、と意地悪く視線を投げられると、なんだか恥ずかしいような照れくさいような感情が生まれて少し居心地が悪くなる。それでも不思議と不愉快ではなかった。


「だってイゾウさんて、別世界の人って感じなんだもん。家族だとは思ってるんだけどねー・・・」

漆黒の髪は丁寧に結われ、真っ白な肌に真紅の口紅がよく映えているその容姿は女の私よりずっと美に恵まれている。海賊なのに気品溢れる佇まいだったり、見た目とは逆にわりと男気のある温厚な性格とか。
言うなれば高嶺の花のような雰囲気が災いして、出会った当初から今までずっとイゾウさんだけは名前を呼び捨てに出来ずにいた。


「おれにだけ他人行儀で寂しいだろ」
「他人行儀・・・あ、そうかも。滅多に二人きりで話とかしないし、考えたらイゾウさんのことって人から聞いたことしか知らない気がする」
「なーおれにもさん付けしてよ」
「なんであんたに」
「ひっでェなおまえは!さっきから!」
「ちょっ、痛いよ離して」

再び牙を剥いて吠え出した野獣が襲い掛かってくる。夕食時にきっといくらか飲んでいるのだろう。身をよじって抵抗してもなかなか解放してくれず、そろそろ手を出すよと警告しようとしとき、ガチャリと貴金属の音がしたと同時にサッチの腕が緩んだので、己の手を痛めず抜け出すことに成功した。
一息吐いて振り返ると、眉間に銃を突きつけられているサッチが顔面蒼白で硬直している。

「さて、せっかくだから二人でゆっくり話でもしてみるかい?」

何事もなかったかのように懐に愛銃を仕舞ったイゾウさんは、私の腕をするりと捕らえて歩き出した。

「え、ちょっ、どこに行くの?」
「人が少ないところ」

煙管を持つしなやかな指先も、煙をふうーっと長く吐いて優艶にほほえむ姿も、何もかもが綺麗なのは月あかりのせいだけじゃない。
少しずつ、確実に速まる心音に戸惑いながら私は心の中で必死に自分に向けて叫んだ。それこそもう、牙を剥くようにして。


生まれてこないで、恋心

thanks/絶頂
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