時刻は深夜、自宅に帰ろうと歩いていたら空から尋常じゃない量の雫。仕方ないから閉まった花屋の軒先を借りて雨宿りをしていると、暗闇から空に向けた罵声と共に懐かしい人物が現れた。私を見た瞬間そいつは驚きを隠せず口をあんぐり開け、よう、久し振りだなとぎこちなく言葉を繋げた。


「久し振り。呑んでたの?」
「あー・・・まあな、おまえもか?」
「うん」

至って普通に接する私達だけれど、数ヵ月前までは恋人だった。喧嘩も少なくはなかったけれど、六年間ほぼ毎日一緒に寝て一緒に起きて、朝夜一緒のものを食べてという夫婦同然のような生活を送っていた。


「すごい雨だな」
「そうだね」

中身のない会話をするのは、きっとこの空気が辛いんだろう。私達が別れた理由はこいつの心変わり。他に気になる女が出来たと馬鹿正直に、それでも申し訳なさそうに告げるパウリーを見て、ある意味隠れて浮気をする男と同じくらい残酷だと思った。
それでも人の気持ちは誰にもどうすることも出来ないし、この辺が潮時かと感じた私はこいつを責めることなく六年間の全てが詰まったあの部屋を去った。
でも新しい生活を始める私の耳には、嫌でもガレーラカンパニー1番ドック職長の噂は舞い込んでくる。最初は“長いこと付き合っていた恋人と別れたらしい”数週間後は“新しい恋人が出来たらしい”その一ヶ月後には“恋人と別れたらしい”と。どんな状況なのかは想像がついた。

いつのまにか雨は穏やかなものに変わったのに何故だろう、此処を離れられない。


「身体、壊したりしてねーか?」
「今日まではね。でもこれじゃ明日は分かんない」
「ははっ・・・そうだな」

相変わらず意味のない短い会話。
もう雨は止みかかっていた。
私にもこいつにもお互いプライドがある以上、この場所にいる理由はない。じゃあ私そろそろ行くから、そう言って横を向くと数ヵ月前と少しも変わらない懐かしい感触と香り。抱き寄せ方まで変わっていない。


「・・・悪い」

頭上で小さく聞こえる言葉に何と返したらいいだろう。どうしたの、戻ってきてくれるの、それとも黙って腕を回すか。


「・・・どういうつもり?ただ独りになって寂しくてこんなことしてるなら、今すぐ離して」
「・・・違う」
「ねえ、私は過去のことをいつまでも根に持つような女じゃないけど、プライドは持ってるよ。パウリーはそういうの無いわけ?」

言い終わるか終わらないかのタイミングで即座に目の前のこいつは声を荒げて「ねえよ」と否定ならぬ肯定を。
そのまま、やっぱりお前がどーのこーのと案の定続けたのだけれど、私に向くその真剣な眼差しを見つめながらそういえばこの男の不器用だけれど、こういう真っすぐな所が一番好きだったんだと思い出した。
だから、あそこを去ったあの日だって何も言えなかったんだ。
不器用でギャンブル以外はいつでも馬鹿みたいに真面目で、今まで出会ったどの男よりも男だった。ねえ、もういいから早くそのぐだぐだな喋りを終わらせてよ。


雨愛 あまあい
私のプライドも一緒に捨てよう
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