これは今になって分かったこと。
あの人は、何かを探していたわけじゃなかった。晴れの日も雨の日も嵐の日も慈しむような瞳でいったい何を目にしていたのか、ようやく分かった。

史上初の大極寒に、あんな薄着で甲板に出るなんて自殺に等しい行為をするうちのボスは、絶対に頭がイカれていると思う。何をするわけでもなくただ立っていて、なにあれ?酔ってんの?と疑いたくなる彼を見ながら、外で一服している私達もどうかしてるけど。


「ねえベック・・・これどこまでが煙?」

あまりの寒さで、唇から吐き出した白がどこまで煙草の煙で、どこからが吐息なのかさっぱり分からない。さあな、と言ったベックの口から洩れる白はどうなのだろう。


「しかしシャンクスもこんな日によく平気であんな所にいるよね」
「呼んできてやれ。風邪でも引いたら宴も出来なくなるぞってな」
「やだ。あそこまで歩く間に私多分凍え死ぬ」
「それは頭の責任だ」
「・・・・・・分かったよ」

シャンクスには逆らえるのに、どうしてベックには逆らえないのだろう。きっとあれだ、普段誰よりも寛大で優しいベンには無意識に恩を感じてるんだ。だから逆らえない。
歯をカチカチ鳴らして寒い寒い呟きながら、なるべく風が当たらないよう身を丸めてゆっくり歩く。たった少しの距離が何十キロも先に感じた。


「シャンクス」
「ん?」
「風邪引くよ中入ろう」
「おう」

言葉とは逆に、また遠くへ視線を向けたシャンクス。この寒さに堪えてまで目にする価値があるものなんて、何も見当たらない。島はおろか敵船だっていないのにまったく何を探しているんだ。でも今はそんなことを聞く余裕はなく、早く行くよ寒くて死にそう、と早口で言うのが精一杯。


「わーかったわかった!」
「私が凍え死んだらシャンクスの責任だってベックが言ってた」
「そりゃ参ったなァ」

とびきりの笑顔で私を見下ろすシャンクスは、漆黒の羽織りを掴んで寒さから私を庇うように包む。それでも寒さは少しも和らぐことなんてないのに、気持ちだけは満たされたような感じがした。


グランドラインというやつは本当にめちゃくちゃだ。今日は朝から赤い雨が降っている。赤いけど血のような黒混じりじゃなくて、もっとずうっと透き通っていて鮮やか。水分を含んだせいか、指に挟んでいた先端から漂う煙は消え、真っ白だったフィルターには斑模様が出来上がる。
あの人がいれば。
寒さを漆黒で庇ってくれたいつかのように、この奇妙な天候からも頼りがいのある笑顔を見せてまた守ってくれただろう。

胸を鷲掴みされたような苦しさを感じながら、誰かを真似て海原に目を遣ると雨粒の色のせいか、海はあの人の髪とまったく同じカーマインに染まっていた。存在しない何かに縋っているかのような、まるで何かを探し求めているかのようなそれは、今の自分とあまりにも酷似していて私は泣き崩れた。


海が寂しいと泣いている
誰よりも海を愛して
誰よりも海に愛された。
彼はもう、いない。


Thanks/惑星03号
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