ログポースは確実にこの島を示しているのだから、そんなわけないって分かってた。それでも間違えた場所に来てしまったのかと一瞬心臓が凍りついたのよ。
私が今見る景色、周りにあるのは到ってどこでも見れるようなもの。でもそこに彼女達が入り込んでいることで、天国とか楽園とか、そんな場所に来てしまったんじゃないかって。
女性らしい緩やかな曲線を描いたボディライン、その真っ白な肌にかかる髪は腰まで届くふわっふわのブロンド。様々な色に染まった下半身を見て頭にはオーロラという色名が浮かんだ。実際に初めて目にした人魚達は信じられないくらい綺麗で優雅で、幻想的で、なんだか泣いてしまいそう。


「綺麗っ・・・!!」
「ふふ、ありがとう。あなたも私達によく似てるわ。人間とは思えない」


幼い頃のことを思い出した。
ママが与えてくれたおとぎ話の本。おとぎ話というより、それらに出てくる主人公達を集めたイラスト集みたいなものだった。通常より大きめに作られたその本には1ページに1人、それぞれの物語で姫と呼ばれる彼女達が煌びやかに華麗に描かれていて子供ながらに惚れ惚れしたのを覚えている。
そこには白雪姫、眠れる森の美女、親指姫だとかも載っていただろうけど残念なことに随分昔の記憶。確実に載っていたと今断言出来るのはシンデレラと人魚姫だけ。特に、下半身が魚という設定が子供の心を惹いたのかその人魚姫にはかなり影響を受けた。たまたま同じような色で伸ばしていた髪を、クルクルにふわふわにしたい、と本を見せながらママにお願いして次の日には美容室に行ったのだから。

そして今も、その髪色と長さと形は健在してるなんて笑ってしまう。いい歳して未だ物語の姫が忘れられず、変えることが出来ないだなんて白状するのはこれが最初で最後。


「ありがとう。あなた達に憧れて子供の頃から真似してるの」
「まあ!光栄よ!」

一世一代の恥ずかしい告白に、目の前の美女人魚は大層喜んで熱烈なハグをぶつけてくる。高貴な雰囲気なのにキュートな部分もあるんだな、と二面性を発見できてちょっぴり浮かれながら宿に戻って来た。


「あれ、もう帰ってたの?今頃人魚の1人や2人引っかけてると思ったのに」
「あまりの綺麗さに怖じ気づいちまってな」
「あーはいはい」

心にもない感情を述べるローをあしらいながらベッドに腰を沈めた。今日は航海で疲れたから大人しく身体を休めて、明日またあの麗しい彼女達に会いに行こう。


「ほんと綺麗だよね。間近で見た?」
「間近で見てたら、今そのベッドには人魚の1人や2人居ただろうな。そしておまえには、代わりに船を降りろと伝えてた」
「殴るよ」
「ははっ」

帽子に手を添えて俯き加減で笑うローに、握っているこの酒瓶を投げ付けてやりたい衝動に駆られた。そんなこと実際にしようものなら大喧嘩になるからしないけど。


「原作を知らないだろ?」
「え、人魚姫の?確か好きになった王子を助けたとか足で歩けるようになったとか、そのくらいしか知らない」
「へェ・・・じゃあ教えてやるよ」


声と引き換えに魔女に足を貰ったこと、その際「王子が他の娘と結婚するようなことがあればお前は泡になって消える」と忠告されたこと、声が出ない人魚姫は王子に自分が命の恩人だと伝えられず、そのまま事実は捻曲がっていき王子は他の娘と婚約を交わしたこと。でも魔女の短剣で王子の血を流せば泡にならず人魚に戻れると知ったものの、愛する王子を刺すことなんて出来ずに人魚姫は海に身を投げて泡になってしまったこと。
時折脚を組みかえて私を見ながら、ローは淡々と人魚姫の物語について教えてくれた。



「・・・・・・悲恋ね。イメージ壊れたかも」
「そういえばガキの頃、おまえの家でたまたま見つけた本を捲ったら人魚が描かれてた」
「あ、それ、」
「おれはそれを見た瞬間、おまえだと思った。ちょうど前日に髪にウェーブを施してきて・・・憶えてるか?」
「うん。目を逸らしながら、可愛いって褒めてくれたことまでしっかり憶えてる」
「・・・はっ」

こんな事言いたくねェが、あの日からおれが持つおまえのイメージは今も変わらず人魚なんだよな。ま、ガキの頃植え付けられたものほど怖いものはないって事か。
言ってまた帽子に手を添えながら俯き加減で笑むロー。最後の一言はかなり余計だけど、嬉しかった。口にしたことなんてないのに、同じものを感じていただなんて。


「でも悲恋は嫌だなー」
「心配するな。おまえは自分が死ぬくらいなら、間違いなく笑っておれを刺す」
「今日はやけに饒舌で冗談が多いじゃない。なんでそんなに機嫌良いのよ」
「どの人魚よりもうちの偽人魚のほうがいい女だったってだけだ」
「・・・それも冗談?」
「解釈はご自由に」

静かに帽子を取った手がそのまま私の髪に差し込まれて、重なる唇。それで思ったの。どんなに同じ髪色と長さを持っていて、どんなに形を真似しても物語の彼女と私は決定的に違うものがある。悲しい恋も泡になるのもごめんだから、良かったかも。


愛してると叫べる私は
魚姫には到底なれない



Thanks/偽りマスク

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