入浴後の時間が一番好き。
髪と肌を整えて、今から何をしようと考えるその時間が何故か堪らなく幸せを感じる。
昨日はビスタにサッチに隊員数名とカードゲームに没頭し、一昨日は全員での宴を楽しみ、その前はナース達と男には到底聞かせることの出来ないガールズトークを繰り広げた。

鏡と向き合い頬に手を滑らせながら、さて今夜はどうしようなんて幸せな考え事を始めたらすぐに、先日買ってまだ表紙すら開いていない小説があったことを思い出した。
連日はしゃいだことだし、たまには身体を休ませてあげることも必要かもしれない。それに忘れっぽい自分だから未読に気付いた今じゃなきゃそのうち買ったことすら忘れてしまうはず。そんなことになればまた笑われる。同じ部屋を使うあいつが偶然発見し、お前また読み忘れてるだろ、もう買うのやめたらどうだ、と。そしたら前科持ちの私はもう返す言葉もなくて悔しい思いをするに決まってる。

指摘される前に気付いた自分を誇らしく感じながら、身体半分をベッドに沈ませ表紙を開いた。


「お。珍しいこともあるもんだ」

読みだしてから数十分、入浴を済ませてきた様子のマルコが部屋に帰ってきたものだから私の集中力はぷつりと途切れる。


「どっちにしろ言われるのね・・・!」
「何がだよい」
「ううん、何でもない」

私を軽く飛び越えて壁際へ身体を沈めたマルコは、安堵ととれる吐息をゆっくり溢した。


「もう寝るの?」
「やることもねェしおまえはベンキョーに夢中だろい」
「勉強ってねえ・・・」
「今夜は嵐がくるかもなァ」
「失礼しちゃう。寝るなら電気消そうか?そしたら私も寝るよ」
「構わねェよい。おれなら眠れるからおまえはゆっくりしてりゃ良い」
「そう、じゃおやすみ」


大して分厚くもない本だったからか、物語はすぐに結末を迎えた。男だと思いながら読み進めていた主人公が最後の最後で、女だったというどんでん返し。最初のページをもう一度流し読みしてみると、確かに男だという決定的な描写は一切ない。だけど明らかに男を意識付けるよう巧みな構成。
ああもう、やられた。

興奮冷めやらぬまま閉じた本をサイドテーブルに起きふと腰元を見ると、アドレナリン噴出中の私とは真逆の、なんとも気の抜けたあどけない顔で眠るマルコがいる。
明るいなか眠らせちゃってごめんね、と心の中で謝りながら頬に軽く手を滑らせると僅かに身動ぎをした。


「マルコ?」
「・・・ん、」


定まらないであろう意識のなかで、読み終わったのかよいと掠れ声で呟くマルコ。うん、と静かに返せば瞼を閉じたまま口元を緩ませたから明かりを消して、苦しくならない程度に僅かな間を空け胸元で柔らかく頭を抱える。
不意に石鹸の香りが鼻を掠めて、たまにはこういうのも悪くない。

「ねえ、結構大変だよね」口には出さず問い掛ける。
普段は自分の隊員どころか、全船員をまとめ上げなければいけない立場。誰よりも常に父親を気遣い、おまけに私の面倒まで見る毎日は心身共に負担も少なくないはず。もちろん聞こえてくるのは、イエスでもノーでもない規則正しい寝息のみ。

例えば、何かが起きた時はこの場所でこんなふうになりながら弱音を吐いて欲しい。どんなに格好悪い姿を晒したって良い。私はマルコが抱えるものだったら何だって受け止めることが出来ると思う。
ここはあなたが唯一すべてから解放される場所であれば。
そう願いながら額にひとつキスを落とせば、また身動ぎをしたマルコの腕が自然と私の身体に絡んできた。


「おやすみマルコ。愛してる」

何てことのない些細な、だけど物凄く大切でいて穏やかな時間。
やっぱり私が一番幸せを感じるのはこうしている時かもしれない。


fin
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