昨夜は、上陸祝いだなんだと理由を付け朝方まで野郎共と飲んだくれていたからか、目覚めたのは陽が暮れる頃だった。それでも夜中までダラダラと寝ては起きてを繰り返し、完全に起き上がったのは深夜。
まいった、見事に昼夜逆転してしまった。
さて、この長い夜をどう過ごそうかとぼんやり考える。いくらでも眠れるほどの若さは生憎もう持っていない。結局また酒に助けを求め部屋を出るも、この時間ともなれば飲むような奴はとっくに街へ繰り出していて、残っている奴はすでに鼾をかいている。
仕方ねェ。たまには1人でしっとり、年相応な飲み方でもしてみるか。
と繁盛も廃れてもいないような酒場へ行き、グラスを傾けること数杯。不意に女の声が流れてきた。
「1人で飲んで楽しい?あ、それとも静かに飲むタイプ?いや、それはないなーどう見ても騒いで飲むタイプだよね」
「ははっ、正解。置いてきぼりくらっちまったんだ」
「ふうん。名前は?」
「シャンクス」
「まさか赤髪の・・・うわ、そういえば手配書で見た顔」
新しいおもちゃを見つけた子供のように、期待感に満ちた表情で女は隣の椅子を引いた。こういうのは一般人の女にはありえない反応で、経験上大概が娼婦だと認識している。
「そっちこそこの時間に1人なんて、うちのクルーは見る目がねェなァ」
「本当よ。ただ強いだけじゃだめ。女見る目も鍛えなくちゃ」
「いや、そのおかげでおれが出会えたわけだから、あいつらに感謝するぜ」
「私も赤髪のシャンクスに会えて光栄よ」
「ははっ、そりゃ良かった!何か飲んだらどうだ?それからココを出ても遅くはないだろ」
「なにが?」
「へ?」
「マスター、マティーニちょうだい。で?なにが遅くないの?」
「まあ、その、なんだ。宿に行くの」
「誰が」
「おれとおま「はあ!?ちょっ、なに!?あんたまさか私を娼婦だとでも思ってんの!?」
「え!?違うのかよ!いま話に乗ってたじゃねェか!」
「ただの冗談めいた会話でしょ!?まさか娼婦と思われてるなんて気付いてなかったもの!!」
「おいおいマジかよ・・・!」
「失礼ねまったく!マスター、私がさっきまで飲んだ分ぜんぶこの男にツケて。上乗せして、その分を私の今後の飲み代に回してちょうだい」
自分で言うのもなんだがおれの正体を知った女は極端な話、どうにかして気に入られようと無駄な色気と香水を振りまいてすり寄ってくるか、血の気の引いた顔でさり気なく去っていくかのどちらかだ。
飾ることも、怯むこともなくおれの隣にいる彼女を見て、おもしれェ女だ。嫌味じゃなく素直にそう思った。
「なに嬉しそうな顔してんの?言っておくけどそんなに宿行きたいなら他見つけてよね」
「いーや。そこまで飢えてねェ」
軽蔑した視線を向けていたかと思えば、じゃあ楽しい冒険話聞かせてと弾んだ声を出す。話の最中も、そんなのウソだあり得ないと反論したり、実際に目の当たりにしたかのように感動したり、直球の反応が退屈にならず話を聞かせる側としても無性に楽しかった。
気付けば時刻は朝方。
マスターも閉店準備に取り掛かっているようだ。
何個目か分からない冒険話のオチが終わったところで、彼女は帰ろうかと口を開く。
外はすでに朝日が昇り始めていて、長い間ほの暗い空間にいたからかその差に思わず目を細めてしまう。
「もうこんな時間かぁ。楽しくて気付かなかったよ」
おれだってそうだけど。
自然の光に晒された今、時間の他にも気付かなかったことがあると知った。
見上げて笑った瞳は、濁りのない海と空の色。
ウェーブがかった長い髪は、太陽の色。
そしてもう1つ。
自分は彼女に惚れたのだと。
「じゃあね、ごちそうさま。楽しい話をありがとう」
「待て!」
「なあに?宿は行かないよ」
「ははっ、違うって。おれたちの出港は明日の朝だから、その前に今夜も会いてェんだ。次はおまえの話が聞きたい」
「私の?」
「ああ」
「それは出来ないな。あなたより楽しい話なんて持ってないもん」
「ンなもんいいから会ってくれって!」
「そんなに会いたいの?あ、もしかして私に惚れた?」
「惚れた」
「あはは!いいよ、じゃあ今日の午後2時、そこの角にある店でお茶しよう。夜じゃ何されるか分かんないしね!」
「おいおい・・・別におれはそんな「だって惚れてるんでしょう?」
いたずらに笑い、おやすみと去っていく後ろ姿にただただ見惚れていた。
年甲斐もねェなんて自嘲すらしないおれは、一体どうしちまったんだ。
「なーんだ来たの」
晴れた日の昼下がり、いくらか強めに吹いている風に髪を遊ばれながらテラス席に座る彼女と目が合う。投げられてきた手厳しい言葉、その顔に笑みがなかったら心底うな垂れるはめになっただろうが、幸いにも口角が上がっている。
「来ちまって残念だな。惚れた女との約束は破れねェんだ」
「ふーん。なに飲む?」
「おまえそこは、華麗に流すんじゃなくて反応してくれ・・・!」
「ああ、ごめんごめん、ドリンク覧探すのに夢中になってた。あはは」
開いたまま差し出されたメニューには様々なアルコール名が並んでいるが、彼女の前に置かれたビールが格別美味しそうに見えて同じものをオーダーした。
「酒好きなんだな」
「大好き!二日酔いは嫌いだから飲みすぎないようにはしてるけど」
「おれはしょっちゅう二日酔いで機嫌悪ィぜ」
「あら。それじゃ今日も?」
「いーや。今日は特別だからゴキゲン」
今日まで長く航海をしてきた。
ひとつの国や島に何か月も留まることもあれば、ほんの数時間で次の場所に出港することも。それがよりによってほんの数日しか滞在出来ないって機会に、こんなにも欲しい女と出会っちまったもんだから「おれと海に来てくれ」と言わずにはいられず、でもなんとなく返事は分かっていて。案の定彼女は笑って「行かないわよ」と予想通りの反応を見せた。
ひとつの場所に留まれないことが、こんなにもつらいなんて生まれて初めての経験だ。
「本気で連れて行きてェって思うんだよ。会ったばっかりなのにバカだって思うだろーが「思わないよ、あなたみたいな人はそういうこと、誰彼構わず言ったりしない」
「・・・次の島に着くまでにおれを気に入ってもらえなかったら、すぐに降りてくれて構わない。もちろん安全に帰す保証はする。少しだけでいいから、一緒に海に付き合ってくれ」
すると彼女は鈍い音を鳴らして椅子から立ち上がり、おれの目の前にきて唇を奪った。
風に揺れた髪が、頬をさあっと掠める。
急展開に歓喜の声をあげようとした瞬間、なんとおれはどん底に突き落とされたのだ。
「行かないって言ってるでしょ」と拒否をする彼女。
じゃあなんでキスした?少なくとも嫌っている奴に自らキスをする人間なんてこの世には存在しない。
「理由があるなら教えてくれ」
「シャンクスは魅力的だよ。気付いてないかもしれないけど、私だって惹かれてる。だけど一緒には行けないの」
「だから理由を、」
「もう行くわ。さよならシャンクス、今度は海で会おうね!」
ほほ笑んで踵を返した瞬間、今までより一段と強い潮風が吹きその長い髪が盛大に舞った。
覗いた首筋に、巷ではルーキーとして名の知れたとある海賊団の刺青。
ああ・・・・・・・・・そうか、そういうことか・・・・・・。
この歳にもなって史上最大の失恋だ畜生。
この恋、救いようがない
thanks/M.I