船を近付ければ大勢の見物人がわざわざ港に出てくる。それが船を停止させる頃には、誰一人として残っちゃいねェんだから笑えるぜ。
昼間だっていうのに民家の窓や店先のシャッターは閉ざされ、辺りには人影が一切見えない。海賊に襲われた過去があるのか、または海賊がやってきたのは初めてなのか。ンなもんどっちだっておれ達には関係ねェけどな。


「海賊かい?」

酒場を探し、お馴染みの奴らを連れて閑散とした町を歩いていると背後から皺枯れた声が聞こえてきた。
立ち止まって振り返っても誰もいない。と思ったのは勘違いで、少し目線を下げるとロッキングチェアに座りカギ編み状のブランケットを膝にかけた小さな老婆。皺枯れてるのは声だけじゃなく、皮膚という皮膚すべてで、髪は見事なまでに真っ白に染まっていた。


「なんだババァ」
「坊やたちは海賊だね?」
「坊や?ハッ、面白ェこと言うな。海賊だったらなんだって言うんだ?」
「何人殺ってきたんだい?血の匂いがするよ」

まったく話が噛み合ってねェ。ただでさえ酒場が見つからないっていうのに、ここへきて老いぼれに遊ばれている感覚。
苛々が募り一歩、威嚇を込めてその小さな身体に足を踏み出した。


「生憎おれはバカにされることが嫌いでなァ。で、何人殺っただと?テメェみたいな口きく奴をもう数えきれねェ程消してきたぜ」
「まあ、そうかい。私の手はねえ、もう皺くちゃになってしまったけれど・・・かつては長く伸ばした爪に何人もの男が口づけをしてきたものだわ」

そのほとんどが海賊でねえ
みんな王の座を狙っていた
彼らは縛られることを嫌って
自由を愛する人間で
女の私にはそれが辛いときもあったけど
彼らはすごく輝いていてね
本当に大好きだったんだよ


「・・・誰一人として王にはなれなかったけれど、それでも彼らは私の誇りだよ。今も変わらずね」

だから海賊を見ると、昔の男共の影が重なり懐かしくなるんだと。それでついおれ達に声を掛けたのだと。老婆は遠い記憶を辿るような、穏やかな表情でそう続けた。



「老いぼれのつまらない話を聞いてくれてありがとう。酒場だったらそこの角を曲がったずうっと先に一件あるよ」

こっちのことは何も話しちゃいねェのに、すべてを悟っている老婆。別に情を感じたわけじないがなんとなく敵わない気がした。
行くぞ。仲間に向けてだけ、口を開いて歩き出すと。


「良い瞳をしてるね。あんたなら王の座を掴める」

その聴きにくい、皺枯れた声はおれの歩みを止める。そして老婆の前まで戻って膝まづき、手を取れば。
これ以上の皺が入る隙もないほど皺だらけで所々にくすんだ斑点まである。なのに指先には申し訳程度に塗られている、おれの髪と同じ色。このクソみてェな手は感じたことのない温かさに溢れていて、今まで見たどの女のものより綺麗だった。

そこにそっと唇をあてる。


「おいババァ、いつかこう言え。この皺くちゃの手は、あの海賊王ユースタス・キャプテン・キッドが口づけた手だってな」
「まあ。ふふ、嬉しいねえ」
「じゃあな」
「ええ・・・行っておいでキッド。海は坊やみたいな男を待ってるよ。世界を掴んでおいで」


海賊王になり
また必ずこの場所に。



Thanks/メリーウィドー
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