これ以上無いくらい尽くしてあらゆる努力を重ねてきたのに、電伝虫を通して振られるなんてあまりにも理不尽すぎやしないか。
いや、思えば世の中理不尽なことばかりだ。十いくつの頃にできた彼は、付き合うまで協力をしてくれていた友人がいつのまにかあっさりと奪っていった。その後にできた彼は元恋人のところへ戻り、そのまた後の彼は・・・もう思い出したくもない。
とにかく、愛だの恋だのにはもううんざりだ。自分を見失ってしまうし振り回されるのもたくさん。だったら気の合う女友達と楽しく過ごした方が、精神的に何百倍も良い。


「もう二度と誰も好きにならない」
「それ何度目?」
「今回は本気」
「分かった分かった、とにかく今日は楽しもうね!」

一番大切な別れのルール。傷ついた心を癒してくれる、大事な女友達を持つ事だと大好きな創作劇のヒロインが言っていた。今の私はその名言に大共感できる。
私のためか自分のためかはさておき、彼女は久々にナイトクラブにでも行こうと連れ出してくれた。


「じゃあ今日は、ピアスを片耳外したらオッケーのサインね」

そこに行く時は、暗黙のサインを作るのが私たちのお決まり。
ああいう場だから軽いノリで声を掛けて来る男が少なくない。彼らに選ぶ権利があるならば、私たちにだってそれは当然ある。なんの興味もない男と一晩中お喋りをするなんて無駄なことはしたくないし、かと言ってその場でアリかナシかの会議をする隙なんてほとんど無い。そんなわけでいつの間にかサインができた。
気に入れば、早めにサインを。それがなければ、適当なタイミングで撒こうという事。


「ピアスは嫌。今日のは気に入ってるから外したくない」
「あんたはどうせ外さないんだからいいでしょ」

さっき、男なんてもういらないって言ってたじゃない。いたずらな色を宿した瞳が私を見つめるから、何も反論できない。

エントランスを抜けると、人工的な光と身体に深く響き渡る重低音。
海沿いのナイトクラブは、毎夜の如く音楽と笑顔が溢れていて不思議と嫌な事を忘れさせてくれる魅力を持つ。
中はいくつかのフロアに分かれていて、私たちのお気に入りはビーチエリアと呼ばれる砂浜に面した場所にあるフロア。明け方になるととても美しい朝焼けが見えるのだ。
とりあえず一杯飲もうとバーカウンターに行くまでの間にさっそくターゲットにされるから、とびきり美人の友人を持つのも困ったものだ。
奢ってくれるというのでお言葉に甘えてグラスをぶつけ、少しお喋りをするもお互いピアスを外す気配はないのでさっさと解散。ちなみに彼女とここへ来て自らお金を出したことは、これまでに一度も無い。とびきり美人の友人を持つのも良いものだ。

そんなことを二、三回繰り返してようやくビーチエリアへ行きひと騒ぎ。少し疲れてきた頃、喉を潤すため再びバーカウンターへ向かっているとまた引き止められる。


「君たちかっわいいね!この島に住んでるの?!」

そうだよ!と私たちの返事がハモると、お酒を奢らせてくれと懇願してきたのでまたもやお言葉に甘えた。
それにしても、一杯目のドリンクは何故こうも皆テキーラばかりなのか。きっと私たちを甘く見ているのだろうけど、お生憎様私も彼女も酒豪なのでそう簡単には潰されない。
声を掛けてきたリーゼントはサッチと名乗り、彼を呆れた顔で見ているもうひとりの男はマルコと名乗った。マルコいわく自分たちは旅行者で、サッチがどうしてもと言うためここに来たらしい。


「こいつを野放しにすると何するか分からねェからよい」
「あはは、どう見てもそんな感じ」
「この常夏の島は最高だな!うまい酒に音楽、あと女の子も可愛い!!」
「でしょ!?楽しんでってね!」

どうやらサッチは友人をロックオンしているようだ。最初は皆で談笑していたものの、徐々に彼女との距離が縮まっている。
外見は別として会話はユーモアがあって彼女好みだし、サインが出されるのもそう遠くないだろうとぼんやり思っていたら案の定、サッチと会話しながらさり気なく耳元に手を掛ける彼女の仕草。手が離れたとき、そこで輝きを放っていたブラックダイヤは見当たらなくなっていた。
オッケー分かりましたよと心の中で返事をすると、隣のマルコから思いもよらない指摘が。


「今の、何かのサインだろい」
「ええっ?!」

なんで気付いた?!と驚いてしまう。
女ってのは怖ェなあとマルコは笑いアルコール瓶を傾けるから、もうお手上げだ。


「良い悪いの意味までは分からねェがな」
「そこまで分かれば十分。あの子の笑顔見てよ、分かるでしょ。オッケーのサイン」


続けてマルコは大きく笑いながら言葉を発したのだけれど、ちょうど周りの盛り上がりに紛れて何を言ったのか聞き取れなかった。
少しだけ身を寄せて聞き返すと、耳に触れるほどの距離で「お前は外さないのかよい」なんて言ってくるものだから思わず心臓が跳ねる。痛いところを突かれたからか、彼の魅力に惑わされたのかは分からない。
「マルコはこんなに素敵な人だもの、外すまでもないでしょ」とおどけて見せれば呆れたように笑って納得していた。
友人とサッチを遠巻きに眺めながら、私たちは軽い会話を繰り返す。


「ここにはよく来るのか?・・・あァ聞くまでもねェか」
「マルコは意地悪だなぁ」
「そりゃ心外だねぃ」

言葉とは逆に楽しそうに肩を揺らすマルコ。
サッチに引けを取らない奇抜なヘアスタイルだけれど、よく見ると華奢なわりに綺麗な筋肉がついているし、どことなく色気のある雰囲気だし。何よりサッチのようにあからさまじゃないところが落ち着いていて私好みだ。結構好きなタイプかもしれない。
急に気合いが入ったので、飲みかけのドリンクをマルコに預けて身だしなみを整えるためその場を後にした。


「ねえ、どこ行くの?さっきからあのバナナと喋ってるの見ててさ、声掛けるタイミング待ってたんだ」

二人組が私の前に立ちふさがる。

「あーごめんなさい、今ちょっと急いでるからまた今度!」
「待ってよ、少しだけ!三分でいいから喋ろうよ」

三分て意外と長いぞ。
当たり障りのないように、ホントにごめんと告げても彼らはついて来ることをやめない。
軽いノリで腕を掴まれてしまったから、いい加減声を荒げようと空気を深く吸い込んだ瞬間。


「悪ィな、おれのなんだよい」

横から颯爽と現れたマルコに、決意はあっさりと崩された。こんなのときめかない方がおかしいでしょう!

耳元で揺れるピアスをそっと外し、笑顔でありがとうを告げるタイミングを計らう。今夜は長い夜になりそうだ。


二度と恋なんかしないと決めた日、
君と出会って思ったこと


(やってくれたな神様)

thanks/誰そ彼
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