この男が突如私の唇を奪ったのはつい先日のことだった。
いつかこんな事になるのをなんとなく予感していたのもあり、驚きよりもいくらか心が軽くなるような、そんな安堵感を覚えた。
それ以上先に進むことは疎か甘い言葉も戯れも特別なものは何ひとつなく、もしこれを第三者が観覧していたとしたらとても奇妙に映っただろう。通常そういった場面ではひとつやふたつ愛の言葉を囁くものだけれど、私たちの間でそんなやり取りが起きることは一切なくただただ普段通り憎まれ口を叩く私とそれを煽るローが存在するだけだった。
なんとなく船に乗り、なんとなく他のクルーたちよりも多くの同じ時間を共有し、きっとお互い惹かれあったのもなんとなく。その流れを踏まえるとこの先はなんとなく恋人というポジションになっていくのだろうか。
よく分からないなかで確実に分かっているのは、私たちは似たもの同士だということだけ。

そんなことを考えてしまうのは、この島の雰囲気のせいだろう。
クリスマスでもないのにイルミネーションがやたらと飾られた大通りは、ぴったりと寄り添って歩く恋人たちで賑わっている。先ほど買い物した店主によると、この海域でも屈指の恋人たちが集まる名スポットらしい。
事前に知っていれば二人で行動することもなかったのにと少しばかり後悔するのは、私もローも同じ。


「どいつもこいつも、目障りで仕方ねェ」
「まぁこんな雰囲気だし」

小さく吐いたその溜息から、わずかに気まずさが見え隠れする。それなのに威勢を張ったローは「真似してみるか?」なんてくだらない冗談を言うから、あんたとなんてお断りだと笑って即答した。
そろそろ船に戻ろうか、と口を開こうとすると隣の気配が動きを止めたから。


「あれ?どうしたの」
「・・・いいかよく聞け。おれはおれ、お前はお前だ」

まっすぐな瞳が私を射抜く。
分かっている。他人が他人であるようにローの人生はローのものであり、私の人生は私のもの。それでもその中で、寄り添って一緒に生きていけたら。とても素敵なことだよね。
このままお互い変わることなく、なんとなく過ぎてきた時間とこれからの時間に、そろそろ意味を持たせてみようか。


「まさかおれに言わせるつもりか?」
「臆病な男・・・!」
「可愛くねェ・・・」
「はいはい。何も言わないでいいよ、」

二回目だというのにやっぱりどこまでも素直じゃない。でも誠実なキス。
私たちの間にあるひどくぼやけた境界線、歩み寄って越えてみようじゃないか。




thanks/誰そ彼
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