「好きだ」

カラン、と氷が形を崩す音がやけに大きく響いた。
ただの自然現象だけれど。動揺と捉えられてしまったら、なんて一瞬ひやりとした時点で充分に私は動揺しているんだと思う。


「私も好きよ」

笑顔で答えても視線を合わせることは出来なかった。
すると少しずつ、でも確実に私達の距離は縮まっていき真後ろにある、大人の男が一人で寝るには大きすぎるサイズの寝具を揺らしてしまう。反動で中身が零れ落ちたグラスはもう何の役にも立たないから仕方なく、たった今できてしまったアルコールの海へ浮かべた。
これらに全く無関心な様子で頬に手を伸ばしてくるから振り払うと、ちょうど目の前で一味のシンボルマークが私を嘲笑っていてとても憎たらしい。


「聞くけど。気は確か?」
「お前こそ確かか?言ってる事とやってる事が矛盾してるじゃねェか」
「・・・分かってるくせに」

ローは私が一人の男と真剣に向き合えないこと、島に上陸する度に何をしているかをよく知っている。それなりに上等な男を捕まえて、原因不明の寂しさを埋めるために寝る。偽りで塞がった穴は所詮またすぐに広がるから、また誰かを見つけて終わらない悪循環。これは一体何の病気なのだろうか。
何も聞いてこないし言ったこともないけれど、人一倍思慮深くて洞察力が鋭いこの男の事。私のことなら一から九まで知りつくしているのに、どうやら十個目までは理解していなかったらしい。いや、理解していてもお構いなしってわけなのか。


「なんでそんなこと言うの?」
「言いたいから言ったまでだ」

ローのことは間違いなく好きで、愛している。誰よりも大切だからこそどうでもいいような他の男と同じにはしたくない。
大切だから、裏切るような真似だけは絶対にしたくない。私がそこまで想うなんて、ローにとって充分名誉なことなのに。


「ローのものになれば私はいつか必ず、あなたを傷つける。そんなことしたくないの」
「俺が傷つく?は、無ェな」
「お願い。分かってよ」

普通の女が喜ぶその言葉は、私にとっては辛く残酷な言葉でしかない。
どうして一人じゃ満たされないのだろう。こんなにもローを愛しているのに、どうして確信が持てないのだろう。
好きな人に好きだと言ってもらえることに、どうして幸せじゃなく恐怖が芽生えるのだろう。


「泣くな」
「・・・泣くわよ」

胸に顔を押し付けられて、苦しくて。
ああ。この場所で、このまま窒息死したいわ、なんて。



「なあ」

聞いたことのない優しい声を合図に身体が離れた。
どうやら窒息死は失敗だ。



「お前の寂しさはおれが埋めるよ。何も心配する事なんてないから、信じてくれ」





珍しい口調で心の奥まで届くよう囁いてくれた言葉は、この病の進行を停止できるかもしれない。
そんな気がした。

Thanks/少女の瞼
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