その糸は人を切り裂き、命を奪った。
運命を彷彿させるかのように赤く染まった糸。


「おつるさん交代します。食事をどうぞ」
「ああ。悪いね」

一瞬意味ありげな視線を寄越した大参謀は、まるで私へ警鐘を鳴らすかのようにヒール音をやたらと響かせて去っていく。空席になったそこに座り、海楼石でできた格子の向こうに転がる巨体を見つめていると不気味な笑い声が沸いてきた。


「……よォ、久しぶりじゃねェか」

この状況に相応しくない、まるで近所の道端で会ったかのような軽快な口ぶりはお互い様だった。

「そうだね。気分はどう?」
「お前と一年ぶりに会った気分か?それとも錠をかけられてる気分か?」
「どちらでも」
「悪くねェなァ」

この世を混乱させるために生まれてきた男。そしてその気になれば混乱した世界を牛耳ることもできる男。そう思わせるほどの知恵と能力をこの男は持っていた。


「フフフ……お前こそおれを使って出世した気分はどうだァ」
「悪くないよ。賢い男を出し抜けたんだから」

こんなにも卑劣で歪んだ人間が存在するのかと激しい憤りを持って臨んだ潜入捜査。しかしそこで私が見た男は、なにからなにまでが黒く染まっていたわけではなかった。
偽りの名を呼ぶ声はおだやかだったし、この体に這わせた手はあたたかかった。普段レンズに隠れた目は綺麗な形で瞳は宝石のような色をしていた。
そんな男に一切絆されなかったといったら嘘になるけれど、偽りの身がつらくてどうしようもない状態に陥るほどでもなかった。三年間も連れ添ったのに情もなにもない女だと自分でも思うけれど、そこで流されるような女じゃないからこそ、この世界で生き抜くことが出来ているのだと思えば自分が誇らしい。

「ねえ。少しでも私を愛してた?」
「肯定しても情けねェし否定しても虚勢に思われるだろう」
「ははっ、そうだね」

半笑いで軽口を叩けば、返事も半笑い混じり。第三者が見たら異様な空気だろう。


「お前はどうなんだ」
「一瞬くらいならそう思うこともあったかも」

忘れたけど。と付け足した。
この男自身、どこかで少しでも違う選択をしていたらもっと違う人生を歩けただろうに。こんな場所で血を流して拘束されることなんてなかっただろうに。混乱した世界を救うことだってできたかもしれない。それなら私たちも、もっと違う出会い方があったかもしれない。
でも現実はこの男に悲惨で壮絶、不憫な幼少期を生きさせ、悪の道に染まらせた挙げ句そこから地獄へ突き落した。どこまでも残酷だと思う。
いや、悪が崩壊する日がきたのなら、まだ救われるところもあるだろうか。

僕らの糸は赤く染まらない


thanks/RALME
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