廊下を行き交う騒がしい足音に混じるのはクルーたちの高揚した声。こんなときは予想なんてしなくとも何が起きるのかは決まっていて、案の定そのうち砲撃音が響きはじめた。どうせ相手は海軍、本気で潰しにかかってきているわけではないただの威嚇。それはこの船の誰もが分かっていて、もちろん私も例に漏れずだから慌てることもなくそのまま日常を続ける。
三つめの砲撃を放ったところで部屋の扉が開いた。山積みになった書類の隙間から姿を確認すると。

「あ、ちょうど良かった。その戸棚から一本取って。マルコも飲むならどうぞ」
「酒飲みながら仕事とは感心しないねぃ」
「しなくていいよ。だから取って」

すぐにまた書類と向き合ったのでマルコがどんな表情をしたのかは分からないけれど、別段変わりないだろう。
文字に目を走らせているとゆっくり近づいてくる気配。そのまま書類まみれの机、申し訳程度にある空きスペースに腰をかけたらしい。視界に入るか入らないかのところに置かれたガラス瓶のいかにも安っぽいそれは、ご丁寧に栓が抜かれている。マルコのこういうところが好きだ。

「ありがとう」
「おれもいただくよい」
「うん。それよりさ、」
「ん?」
「いっつも思うんだけどなんでこんなに事務仕事が多いの……!?」

私たちは海賊であってどこかの島の会社員じゃない。こんなの間違ってる、書類山積みの机なんかより海と向き合うべきだ。そう不満を並べる私とは対照的にマルコは、この船は大所帯だから仕方ない。なんでもかんでも自由だと思ったら大間違いだと軽快な笑い声をこぼした。
こんなところでノンキに暇してるなら手伝ってくれよと思ったけれど、あまり調子に乗ったことを言うのはやめておこうと踏みとどまる。

「外、どうせ軍艦でしょ」
「さあ。まァ軍艦以外に吹っかけてくる輩はいねェだろい」
「そだね」
「こんなときは、目の色変えてまっさきに飛び込んでいったってのになァ」

ぽつりと聞こえてきた低音に思わず顔をあげた。
敵船から価値あるお宝を奪うことが楽しみで仕方なかった以前の私。遠い昔のように感じるけれど実際はそんなに経っていないだろうか。なんとなく、徐々に執着心が失せていっただけなのではっきりとした月日は覚えていない。まあ敢えて理由を挙げるとしたら。

「そこは大人になったということで」
「ははっ、なんだそりゃ」
「嘘じゃないよ」
「へェ……」

それに本当に良いもの、必要なもの、そばに置いて幸せなものは値が張る装飾品や金貨、希少価値の高い骨董品じゃないの。とは言えない。


「そりゃ大人になったねぃ」

真意に気づいたのか、ななめ上から伸びてきた手が雑に頭をかき撫でる。
悲しいことにその単語に喜ぶうら若き乙女でも、その行為に喜ぶ子どもでもない、むしろどちらの言動も嫌味に取れてしまう私はまぎれもない大人だ。
ぜんぶ引っくるめて「やめてよ」と出た言葉とは反対に声と顔はゆるみ、釣られたのかマルコも短く笑った。

あなたたちがくれた宝物は
どれも目には見えないけれど



大昔、おまえはなにが欲しいのかという問いに嘲笑されることを気にもせず正直に答えたというこの船の父。その素直さを少しでいいから分けてもらいたい。そうしたら、日頃の感謝や私がどんなに家族を大切に想っているのか伝えられるのに。
ついでに、こんなところでノンキに暇してるなら手伝ってくれとも。


thanks/レイラ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -