おとなの真似をするのが大好きな子だった。
ナースたちが使うドレッサーの前に座り、見よう見まねで真似したメイク。仕事を終えて戻ってきた彼女たちは驚き、笑い、「すごく上手ね」と感心してくれた。
事あるごとに私は彼女たちの真似をして成長してきた。ついには医療知識まで身につけて、同じ立場にまでなってしまったのだから。
あの頃私を可愛がってくれた彼女たちはもう全員船を降り、今は違う人生を歩んでいる。それくらい時は経ってしまった。



◇◇◇


今朝、一ヶ月ぶりに島にたどり着き多くのクルーが一目散に上陸して気ままに過ごすなか、たまたま仕事が残っていた私は同じような理由で残っていたイゾウと廊下で鉢合わせた。他愛ない会話をし、その流れで一緒にお昼を食べることになり船を降りたその帰り道。

「あ、イゾウ。このお店見たいから先に戻っていいよ」
「いいよ。待ってる」
「そう?じゃあすぐ済ませるね」
「ゆっくり見てきな」

付きあわせるのも悪い気がして気を遣ってみたけれど、いいと言うならいいか。そんなことを思いながら、大人向けの化粧品が並ぶきらびやかな店内を歩く。
船上での生活、次に上陸できるのはいつになるのかなんて見当がつかない。出港して数時間で次の島に着くときもあれば何ヶ月も海をさまようときもあるので日用品のストック、特にこだわりがあるものは同じものを何個も手元に置いておくのが基本だ。
あれはあといくつ残っていて、とか、あれはこの前ひとつ開けてしまったから、など記憶をたどって必要なものを確認するけれどこんな店だ。どんなに似たようなものをいくつ持っていようと、惹かれるものは問答無用で欲しくなってしまう。

大理石のディスプレイ棚に並んだ、色とりどりの小瓶たちが視界に入った。この類を見かけると必ず、小さな爪に初めて色をのせてもらったときのことを思い出す。
ちゃんと乾かさないとダメよ、と止める声も聞かず真っ先にイゾウの元へ飛んでいった。青年でも今と変わらず中性的な雰囲気だったため威圧感がなく、幼い私にとって接しやすかったのか他の誰よりも私はイゾウに懐いていた。


「イゾウ見て!ぬってもらったの!」
「お。綺麗だな」
「うん!あかいのキレイでしょー!」
「おれの唇とおなじ色。似合ってるよ」



笑ってしまうような話だけれど、この瞬間私は恋に落ちた。
触れていた手が妙に熱くなり、鼓動がはやくなり、裏表のない温和な笑顔から目を離せなくなっていた。ずっと無邪気に慕っていたというのに、それ以来私は生意気ながらもイゾウを異性として意識するようになってしまったのだ。

ほんとう、どこまでもませた子だと心のなかで自嘲して色選びに意識を戻す。
ヌードカラーは指先を綺麗に魅せてくれるし、品があって普段使いに最適。ビビッドカラーは足に塗ったり、夏島なんかでは大活躍する。
どれにしよう。



「これがいい」

聞き慣れた声とともに背後から伸びてきた腕が、ひとつの商品をそっとつかまえる。
外で待っていると思ってたのに。

「イゾウ。いつのまに、」
「おまえはこの色が似合う」

真紅が流し込まれた小瓶。
色も、笑顔も、あのときと同じ。
この十数年、私がどんな思いで過ごしてきたのかイゾウは分かっているのだろうか。ふとしたときに見せてくる優しさだったり、意地悪だったりはいつもこの心を揺さぶっていた。

「買ってやる」
「やった!ありがとう!あ、他にも欲しいのあるから待って」
「……余計なこと言うんじゃなかった」

気持ちを伝えるべきか、伝えたらなにかが壊れてしまうのか、または信じてすらもらえないのか、色々なことを考えているうちになにも言えずここまで月日が流れてしまった。おどけて軽口を叩きあって親しくしていられたら、少なくとも最高の家族ではいられると分かっていた。だからそこに逃げていた。白ひげの娘ともあろう女がなんとも情けない話だ。






「マルコ。出港は明日でしょ?ちょっと確認があるんだけど」
「なんだよい」

話しだすとマルコはふっと吐息をこぼした。業務連絡で、なにも可笑しいことは言ってないのにわけが分からない。

「なに。なんで笑ったの」
「……いや、お前がその色塗ってるとあの日を思い出すよい」

あの日がどの日なのかはすぐに理解できた。イゾウの隣にマルコも居たから。


「イゾウと同じ色。似合う歳になったねぃ」

探るようにマルコの瞳の奥を見る。
そうだね、もう背伸びなんかじゃない。この色が似合うくらいには、そしてマルコが気づいていることにも気づけるくらいには大人になった。

「…………ね。ひとつ聞いていい」
「あァ」
「十何年経ってもなにも出来ない私を馬鹿だと思う?」

自然といじわるに笑ってしまう。

「別に思わねェよい」
「そう」
「思わねェけど、昔みたいに見せびらかしに行っても良いんじゃねェか」

煙草を挟んだ指で私の手元をさしてくる。
そうだね、これイゾウが選んで買ってくれたの。だったら尚更見せてやれ。
本来の用件を投げ出して、マルコの隣を通り過ぎた。




「あ、いたイゾウ。見て。塗ってみたよ」
「あァ、昨日のやつか」
「うん」
「おれが選んだだけあるな。似合ってるよ」
「ねえ」
「ん?」
「私イゾウのこと家族だなんて思ってないから」

たとえどんな反応が返ってこようと、どうにでも逃げられる遠まわしな言い方。

気づいてほしい。
気づかないでね。



あかい爪先に毒をしたためて
あなたが堕ちてくるのをまってる

綺麗なものには目がなく、着飾ることを忘れず、したたかに、ずるく。彼女たちは私をしっかりと女に育てあげてくれたらしい。


thanks/星食
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