※オフィスシリーズのスピンオフ


「来週の週末は空いてんのか?」
「合コンだから空いてなーい」
「あっ!そういえばおれも飲み会誘われてたわ」

私が身にまとっているのは、ネックレスとブレスレットそして煙草だけ。
サッチが身にまとっているのは、アンクレットとタトゥーそして煙草だけ。
このダブルベッドは何度こうしてふたつの体を沈めてきただろうか。
大学時代の飲み会で知り合い、性格やノリが似ていた私たちはすぐに意気投合して親しくなった。けれど恋愛対象として意識することはお互いなく、さっぱりした気楽な間柄で例えるなら男同士の友情、という表現が一番しっくりくるかもしれない。気が合いすぎるのが仇となってか、知り合って一年後には裸の付き合いにまでなっていた。


「ねむい」
「んー寝れば?まだ八時だし」
「そうする。これ火消して」
「はいよ。起きたらさ、後ろの交差点のとこにある和食屋行かねェ?」
「行くー」
「よし、んじゃおれもまた寝よっ。腕枕は?」
「いらない首疲れる」
「サッチくんさみしい……!」
「わっ痛い痛い痛い!圧しかかんないでよ!」

どちらかに相手ができたら終わり。約束はこれだけ。
彼や彼女がいる間は、私たちはただの親しい友人に戻る。しかし別れてフリーになればまた体を交え、それを延々と今日まで繰り返している。
それでも未だにお互い恋愛感情はまったくない。だからつらくなったり、面倒になったことなんかは一度もない。
誰も不幸にならない、不幸にしない、欲求を満たせるうえに二人でいれば楽しい、非常に幸せな関係なのだ。




◇◇◇


男女四人ずつの合コン。なかなか良い顔ぶれが揃っているから絶対に来るべきだ、と親しい女友達(合コンの達人)のお墨付きをいただいたら、行かないわけにはいかない。良い出会いになればいいな、と浮かれて扉を開けた先にはよく知った顔がひとり並んでいて、その瞬間私はひな壇芸人のようにひっくり返りそうになった。

(ちょっ、なんでいるの!?)
(お前こそなんでいるんだよ!?)
(だからこの前合コンだって言ったでしょ!あーもう信じられない!最悪!)
(おれだって信じらんねーよ!あーもうマジかよ!……つーか左端の子可愛くね?取り持ってよ)
(やだよ。その右にいるイケメンとの仲を取り持ってくれるなら考える)

これくらいの会話ならアイコンタクトでできるくらいには、お互いを理解している。
二人ともどうにか冷静を装い、知った仲だと他には隠して過ごした。
いい雰囲気で盛りあがって恒例の席替えがあり、もう全員でというよりは各々話をしている。私とサッチは同列の端と端に座っているのと、お互いお目当ての隣になれたため様子はまったく気にならなかった。


「え、消防士ってそういうこともするの?すごいね!」
「そうなんだよー。最初はヘットヘトだったけど、今はもう慣れたかな」

職業や収入は、よほどじゃない限り特別気にしないけれど。でも!特殊な職業故に、一般的な公務員よりも高給取りな公務員に出会えるなんて誰でも「ラッキー!」と思うはず。しかも笑顔が素敵。美ボディ。の三拍子が揃っているなんて。
性格も穏やかで、おとなしそうなところが好みだ。四拍子。


「あ。ねえ話変わるけどさ、連絡先とか聞いてもいい?」

待ってました!ちょっと小声で聞いてくるところがイイ!
二つ返事で頷いて、私たちは連絡先を交換した。
サッチと二人で言葉を交わしたのは、二次会として次のお店へ移動する道中。みんなそれなりに酔っているので、少し後ろを離れて歩いても誰も気にしていない。

「しっかし驚いたな」
「ねぇどういうこと?」
「幹事の男いるっしょ?大学のときの友達なのよ。他の男連中とは今日初めて会った」
「そういうこと。にしてもすごい偶然」
「つーか隣に座れて良かったじゃん」
「そうそう!連絡先交換しちゃったよー!へへ」
「マジかよ!あー羨ましい!おれまだなの」
「頑張れ。心の中で応援してる」
「いやそこは取り持てよ。ってかお前の友達みんな可愛いな!レベル高い」
「類は友を呼ぶ!」
「あーソウデスネ。なんで今まで紹介してくれなかったかなぁ」
「友達と姉妹になりたくないから」




◇◇◇


あいつが気に入っていた男の印象は、食えない奴だなといったところ。正統派な顔立ちとご立派な職業、物腰の柔らかい性格。そこから時折覗かせる強気な雄の雰囲気はたぶん同じ雄しか気付かないだろう。
それに見てりゃ分かる。人のこと言えねェけどあれはたぶん頻繁に女漁りしてるタイプ。
まあ目的は人それぞれだ。その晩ヤれりゃいいって奴もいれば、本気で恋人を探しにきている奴もいるし、ただ友人の輪を広げたいだけって奴もいる。あの男がどれに当てはまるかは知らないけれど、長年の大切な友のためにさり気なく聞きだしてみるべきかもしれない。本人の前に、まずはまわりの意見を拾ってみようじゃないか。

「あー悪い、いま電話大丈夫か?」
「おうサッチ、どうした?あ、今この前の男メンバーで飲んでるんだけどお前も来る?」
「いい。ってかまた合コンかよ」
「はは!そんなところ!」
「お前も好きねぇ」

幹事を担っていた友人。話の流れに乗ってあの男はどんな奴なんだとさり気なく問いかけると「フツーにイイやつだよ」とあっけらかんとした返事が。
ああ、おれの思い過ごしだったかと安心した瞬間。

「あー……でも、」
「でも?なんだよ」
「女が絡むと結構アレかもな」
「アレって?」
「ほら、モテる自覚あるやつだから、なんつーか……女がいないところでは結構えげつないこと言ってたりするな」

なるほど、それだけで十分。
適当な理由をつけて電話を切ると向こうの浴室から、湯が冷めるから早く来いと急かす声が響いてきた。どことなく気が重いのは、調査結果があまり良いものではなかったからだろう。


「あれ?もう髪洗ったの?」
「サッチ遅いんだもん。私もうすぐ出るよー」
「えー待ってよ」
「ちょっ、そーっと入ってっていつも言ってるじゃん!」

大人が向かいあって入っても余裕のあるバスタブ。目の前の彼女は頭に真っ白いタオルを巻き、パックとやらで目の部分を除いた顔面も真っ白に塗りたくられていて何度見てもマヌケな姿だと思う。

「笑わないで。釣られて笑っちゃう」
「笑えばいーじゃん」
「崩れるからダメ」

きっぱり言い放った声を合図に、伝えねばいけないことを切り出す。


「なー。サッチくん、あいつはやめといたほうが良いと思うんだけど」
「なに、あいつって誰」
「この前の男ー」
「ああ。なんで?」
「なんっつーか……いけ好かねェ」
「ただの僻みじゃん。イケメンだからってもー」

けらけらと控えめに笑う声。普段ならそれも好きなところのひとつだけど、今はもうため息が出る。

「違うっつの。おとなしそうに見えて結構えげつねェ性格してんだよ」
「なにそれ。一回だけ二人で会ったけど、全然そんなことなかったよ」
「会ったのかよ!?」
「え、なんでそんな驚くの」
「悪いことは言わねェから、あんまのめり込むなよ!?」
「ええー……結構いい感じなんだけど」
「もっとイイやついるって!とにかくのめり込むな。なっ?」
「うーん……まあサッチがそこまで言うなら……頭の片隅に置いとくよ」
「そうそう!とりあえずはそれで良い!おれはあいつに大反対だから!」
「わかったわかった」

わかってるのかわかってないのか、いまいち腑に落ちない返事。
なんでおれがこんなことに気を回さなきゃいけねェんだよ、とは何故か少しも思わなかった。




◇◇◇


先日の合コンに誘ってくれた女友達と二人で過ごす、週末の夜。話題はたくさんあるけれど、一番といったらあの日からのことだ。

「消防士とか良いの捕まえたよねー」
「捕まえてないよ。そっちは商社マンじゃん」
「まーね。で、二人で会ったんでしょ?どうだった?」
「楽しかったよ!映画観て飲みに行ってーって定番だったけど、お洒落なお店連れてってくれたし」
「そのおっしゃれ〜なお店の後はどこに行ったの?」

期待に満ちた視線に、こちらも挑発的な視線で返す。知りたい?と聞けば、言いたいんでしょ?と、こういうたいして意味のないやり取りが楽しいところが、彼女の好きなところだ。

「ホテルにも家にも行ってないよ」
「えっじゃあ外!?」
「やめてよ……!なにもしてないっ。別れ際にキスしただけ」
「そういうの、なにもしてないって言わないから」

ちゅーだけとか、つまんない!と不満げにグラスを煽る彼女に反論する。

「だってヤったらそれで終わりじゃん」
「終わり?」
「付き合いたいなって思った男とは、絶対に付き合う前にヤっちゃいけない。鉄則でしょ」
「ああ、そうね。付き合ってないのにヤらせてくれる女ほど都合いいものはないし」
「そうそう。うるさく口出されることもない、でもヤリたいときにヤらせてくれる。それを彼女なんて面倒なものに昇格させる男は滅多にいないよね。モテるなら尚更のこと」
「よく耐えたじゃん」
「彼に言ってあげて。ていうかそっちはどうなの?」

女同士の話に比べたら男同士の話なんて、小学生の会話みたいにくだらなくて可愛いもんだと思う。

「あーあ!お互いそろそろ相手欲しいよねー」
「そうだねぇ」

独りで自由を楽しむのはそろそろ飽きた。なんてことない時間を甘く楽しく共有する相手を欲して、でもいざ相手ができると独りの自由が恋しくなるんだから私たちはどこまでもわがままな生き物だ。
ボトルを一本開け、次はどれにしようかとメニューを広げたところで彼女のスマートフォンが震えた。
席を立つことなく通話を始め、私と飲んでいることを告げる様子からするとたぶん共通の知り合いなのだろう。誰だろうな、とぼんやりメニューを眺めていると彼女は「聞いてみるね。また掛け直す」と通話を終えた。予想はつく。これから合流して一緒に飲まないかという誘いだ。

「だれー?」
「この間の幹事。いま男三人で飲んでるんだけど、一緒に飲まないかって」

あ、残りの二人もこの間のメンバーね。商社マンくんはいないけど、消防士くんはいるみたいだよ!とのこと。ちなみにあとの一人はサッチらしい。面倒だなと思いながらもほろ酔いになってきた彼女が乗り気だったので、二つ返事で頷いた。
近くのお店にいたらしく、彼らがこっちの店にやってきたのは折り返しの電話をしてから二十分もしない頃。


「おー飲んでるねー」
「せっかくの女子会邪魔しちゃってごめんなー」

意気揚々と入ってくる幹事くんとサッチ。控えめな笑顔で最後に現れたお目当ての彼は、相変わらずかっこいい。
この前とはまた違う、知った仲の集まりという和やかな空気感で他愛もない話に華を咲かせていると、友人が仕事の電話で席を外した。それに合わせて私も化粧室へと席を立ったのだけれど途中で、少しメイクを直そうと思いたちバッグを取りに引き返した。
扉の前まで行くと、酔い始めてきた幹事くんの声が聞こえてくる。


「お前連絡先交換したんだろー!?」

その後私の名前が出てきて、思わず立ち止まる。ああ嫌なタイミングだなと瞬間的に察したのだけれど、そんな私に去る隙を与えずお目当ての彼は返事をした。

「そうそう。二人で会ったよ、でも結構ガード固かった。しっかりした子だけど根は馬鹿そうだから、いけると思ったんだけどねー。今夜もうちょい押してみるよ」

聞き捨てならない言葉が一か所あったけれど、まあ怒るほどでもない。彼への気持ちが一瞬にして冷めただけのこと。
もうメイク直しはいいや、と諦めて再び化粧室へ向かおうとしたとき、静かにサッチの声が流れてきた。


「……付き合う気とかあんの?」

怒っているときの、冷静で感情のない声。
見えていない表情も手に取るように分かった。

「あー綺麗だけど好みじゃないから、付き合うとかはないかな。一回ヤれればいい。ははっ」

我慢ならない。すぐさま登場して、捨て台詞のひとつやふたつでも吐いてやろうと中に入り込んだ瞬間。


「根は馬鹿?テメェだろーが!」

彼の胸ぐらを掴んで、声を荒げるサッチに目を見開いた。初めて見る姿だ。大抵のらりくらりしていて、温厚なタイプだと思っていたけれど。

「一回だけだとしてもな、お前みてェなゲス野郎にこいつはもったいねーよ」

押し退けるように胸ぐらを放したサッチは、勢いよく席を立って店を出て行くから私も当然のようにバッグを掴んだ。

「サッチはああ言ったけど、私の根が馬鹿なのは当たってるよ。あんたみたいな男に引っかかりそうになったからね」

唖然としたままの彼。小さく噴きだす幹事くんを残して部屋を出る。すると電話が終わった彼女が向こうからやってきて、私を見つけるなり駆け寄ってきた。

「ちょっと!今サッチくんが出て行ったけどなにか……なに?帰るの!?どうしちゃったの?」
「ごめんあとで話す!また今度!」

外に出てサッチの姿を見つけ、急いで追いかける。名前を呼んで隣に並ぶとさっきとは大違いの満面の笑みを浮かべる。まるで私が追いかけてくることが分かっていたかのようだ。

「だーから言っただろ?」
「うん」
「ほんっと腹立つわあいつ」
「ありがと。庇ってくれて」

馬鹿にされたことなんて、もうどうでも良かった。それよりもサッチが声をあげて庇ってくれたことのほうが嬉しかった。

「次、次!もっといい人見つけようっと」
「そんなにカレシ欲しいのかぁ?」
「欲しいよ!独りも飽きたし」
「んじゃおれにしとけば?」
「それいい考え」

あそこの店で飲み直そうよ、とななめ上を見ると真剣味を帯びた瞳が私を見おろしていた。あの男に向けたものとは違うそれに、違和感をおぼえたのも束の間。

「言っとくけど本気。おれにしとけって」
「…………」
「…………」
「…………」
「なんか言ってよ。サッチくん傷つく」
「……なに言って……待って!まさか今までずっと……!?」
「そりゃねェわ」
「そこは嘘でもウンていいなよ」
「あーもー!しょーがねェからお前のカレシになってやっても良いっつってんの!」
「なにを今更!むりむり、やめてよ!」

急に騒ぎだす心にどうしていいのか分からなくなる。こんなのおかしい!今までずっとなんの感情もなかったのに急にこんな、なんていうか、付きあうとかそんな話になるなんて、いやそれより私の心臓だよ!なんなの一体!

「だっておれたちの仲よ?面倒なことなんもねェじゃん」
「あのね!そういう問題じゃ、」
「それに最近気付いたんだけど、おれお前に恋愛感情抱ける自信あるんだよねぇ」
「さっきからなに言ってるのかよく分からない」
「まー考えてみろって」

なんでサッチにドキドキしなきゃいけないんだ。
でも、得意気でやさしくてのんきでマヌケなその笑顔が今の私にはすごくあったかくて。堪らず「考えとく」なんて強がりをちいさく呟いた。



愛を欲して彷徨う彼女の唇に
今夜は誰が口づけするんだろうね


thanks/誰そ彼
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