特別廃れてもいない、かといって洒落てるわけでもない。ウッド造りのウエスタン調、どこにでもあるごく普通の酒場。カウンター席に座っているのは私ひとりで、背後のテーブル席では何組もの客が愉快な声を出してそれぞれの夜を満喫している。
隣、二席分空けた先の椅子が引かれる音と視界の隅でそこに着席する人物は、一般市民ではない独特の気配。この店でそれに気付いている者はたぶん私ひとりだろう。正義をかざしてアクションを起こすのが正しいとは分かっていても、今日はオフなのだ。なにも知らないことにして、構わずにいよう。
それにしてもこのウォーターセブン産、水水チキンのレモンソース掛けは絶品だ。

「マスター、同じのもう一杯」
「はいよ。待ってな」

そういえばあの造船所で働く、女耐性のない職人はどうしてるだろうか。上司のガープ中将はあそこで孫の麦わらと会ったといつだったか言っていたな、なんてことをふと思い出しながら食事もアルコールも進み、隣の気配をいつのまにか忘れていた。
頼んでいない、樽ジョッキをマスターに差し出されるまでは。




「……?」
「あちらの兄ちゃんからだよ」

なるほど、向こうも気付いてるというわけ。
これは宣戦布告だろうか。いや、私が海兵、向こうが海賊である時点でそんなものはすでに交わしている。じゃあ戦闘開始の合図だろうか。
面倒だなと思いつつ、意を決して視界の真ん中でその姿をとらえると海兵なら知らない者はいない。白ひげの船の一番隊隊長ではないか。初めて実物を見たけど、手配書よりもずっと気の抜けた顔には静かなる迫力があった。
運ばれたばかりの水水チキンのレモンソース掛けを食している。怪しげに口の端が上がっているのは、その味に満足してるからというわけでもなさそうだ。

「なんで樽ジョッキ?こういうのってロマンティックなカクテルとかが普通じゃない?」
「ジョッキがお気に召すと思ったんだがねぃ」

不思議な空気が漂っていた。
向こうが仕掛けてこないのなら、わざわざこっちから手を出さなくてもという私の方針は変わらず。まあそう気安く手を出せる相手ではないし、出すなら出すで相応の覚悟が必要だ。敗けるつもりはないけど。
そんなことを考えながらあと一口分残っていた手元の樽ジョッキを傾け、プレゼントされたばかりのそれに手を掛ける。


「パパと可愛い弟たちはどうしたの?ひとりで家出でもしてきた?」

彼らが船長をおやじと呼び、クルーを家族と呼ぶのは有名だ。
なんのつもり?と口にするのは敗けのような気がしたから盛大に嫌味を込めてそう問いかけると、笑い声をあげて座っている椅子をひとつばかり詰めてきた。これで私たちの距離は一席分に縮まる。

「何のことだか分からねェな」
「ふうん。今日は海賊業はお休みってこと」
「それも、何のことだかさっぱりだよい」
「こっちに寄ってこられても話すことなんて無いんだけど」

男にしては綺麗な肌。
気怠そうなまなざしも未だ怪しげに歪む唇も同じ樽ジョッキをつかむ指先も、海賊とは思えないほどどこか艶めかしくて胸が煽られるような気がした。
敵相手に自分はいったい何を考えているんだとすぐに後悔する。
紙幣を置いて店を出るのも、逃げるようで嫌だ。負けず嫌いというよりくだらない意地。


「いま店を出ようかどうか、考えただろ」

唖然とした後、可笑しさがこみ上げて思わず声を出して笑ってしまう。
一番隊隊長はやはり只者ではない。


「思い直した。逃げたと思われたら嫌だし」

私に釣られたのか男も小さく笑った。

「マスター、彼に同じものを一杯お願い」
「かっこつけさせてくれねェのかよい」
「敵に借りを作るやつがどこにいるの?」
「随分嫌われたもんだよい。気が合うと思ったんだけどねぃ」
「あはは、それは残念ね」

空気も柔らかくなったことだし、そろそろ店を出ても逃げたと思われることはないだろう。


「三年前の新聞」
「え?」
「三年前に新聞であんたを初めて見たんだよい」

とある大物海賊団とその傘下を一斉に捕まえて、今の地位まで突っ走り始めた頃だ。
恐れ多くも「第二のおつるが現れた」と絶頂に持て囃されていた時期。


「それを見ていつか会いてェなと思った」
「なにそれ。口説いてるの?」

冗談のつもりだった。それなのに瞳は真剣味を帯びていたから、また大きく胸が煽られる。
逃げたと思われても構わない。これ以上一緒にいたら間違いを起こしてしまいそうだ、と視線を振りきって多めの紙幣をカウンターに出し、席を立つ。
男の後ろを通り過ぎようとすると、力強く腕を掴まれた。必死に威嚇をする。

「……インペルダウンに行きたいの?あそこは地獄だよ」
「あーそりゃどこのこと言ってんだ?」

小芝居はまだ続いているようだ。

「朝までで良い。付き合ってくれよい」
「あんたとどうこうなったら、明日の朝きっと死にたくなる。海兵と海賊よ」
「いいや。どこかの島に住む男と女、だろい」
「なに言って、」
「たまたまこの酒場で知り合った。それだけだ」

逃げられないと思った。
地獄行きは私かも知れない。


さあ、嘘つきの夜には瞳を閉じて

thanks/リラン
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