鮮やかな衣装を身に纏うその見慣れた人物は、テーブルに頬杖をつき煙管を咥えていた。一見退屈そうな姿勢でもなんとなく思考をめぐらせている顔。
カフェでいうならばテラス席に値するその場所は古びた木造のつくりとやたら目立つ赤提灯とで見るからに年季が入っていて、洒落た名称はまったく似合わない佇まいの酒場だった。
お兄さんここ空いてますか、と背後からちょっとした悪戯を仕掛けると切れ長の目は私をとらえ、短い笑いと共に静かに伏せられる。


「ひとりで飲んでるの?珍しいね」
「いや」

くい、と顔で店内のほうを示したので追うと、見知らぬ女性と楽しげに会話をしているサッチ。目が合ってしまったので挨拶代わりに軽く手をあげた。

「あれは当分戻ってこない顔だね」
「違いねェ。なに呑む?」
「イゾウと同じやつにしようかな。あ、このお猪口でいいよサッチが飲んでたやつでしょ?」
「はいよ。お前さんこそひとりか?」
「うん」

私とイゾウ、お互い饒舌なほうではないので沈黙が流れる。無駄な言葉を紡がなくても良いこの間柄はわりと気に入っているけれど、あまり油断できないのも事実。如才無い人だから、こちらも少しは肩肘を張らないと呑み込まれてしまうかもという危機感があるのだ。

「乾杯」
「かんぱーい」

穏やかでいて鋭い眼差し。優雅でいて強気なその姿勢。味方でいて敵のような、どこか侮れない男。
その卓越したすべてを初めて目にした瞬間から、私のちっぽけな心臓は仄かにそして確実に色染まっていた。


「イゾウって夜に見ると綺麗度が増すよね」
「ンな世辞言わなくたってここは奢ってやる」
「お世辞じゃないよ」
「そうか。お前さんも綺麗だよ。食べちまいたいくらいだ」

上機嫌に目を細めて、珍しく裏表を感じない笑み。こういうところだ。こういうところが、侮れない。


「イゾウが名画じゃなくて良かった」
「・・・それは?」
「名画だったら未来永劫に残っちゃうかもしれない」

でもその命には限りがある。
刹那的な美しさは、儚さと混じり合いいっそう際立ち耀くものだ。


「永遠の美しさなんてつまんないでしょ」
「随分粋なこと言うねェ」
「花火とか・・・あとは何だろう」
「或る日の夕焼け」
「素敵。あとは・・・うーん、」
「恋」

思わず笑ってしまったのは、その回答が可笑しかったわけじゃなくて照れ隠し。
テーブルに放置していた私の手をそっと取り上げるイゾウの手は少し冷たい。

「・・・後ろでサッチが見てる」
「あいつは目の前の女しか見てねェさ」
「そうかな」
「もうその話はいい」

相変わらず弾まない会話。でもやっぱり居心地は悪くない。
重なった手を他人事のように黙って眺めつつ、視界の上部に映りこんでいる唇がほんの少し弧を描いているのを確認した。


「永遠は嫌いか?」
「うん」
「だったら一瞬にして燃え上がって、潔く散るってのかい?」
「仮初めはいや。でも永遠なんて約束しないで」
「ははっ、女ってやつは難しいな」
「そうでしょう」
「まァ訊いといて何だがお前さんの意見はどうでもいいんだ」

おれの好きにさせてもらうよ、と視界を覆ってきた影の隙間から朧月がみえた。
その明かりはしなやかに貴方を魅せる。此の瞳に、此の心臓に。


奥ゆかしく淑やかにて不純な

thanks/浮世座
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