やってしまった。
泥酔したあげく人の部屋に上がり込むなんてどんな神経してるんだ私。
いや、アルコールのせいで神経が麻痺していたんだから仕方ない。でも、恥ずかしい。
そしてなぜか無性に、マルコさんへの気持ちを伝えたくなっているのは多分先ほどマルコさんの悪ふざけを本気にして、思わず気持ちを口にしてしまいそうになったところを寸止めしてしまったからだろう。思い返すと、あれはマルコさんに遮られたような気がしないでもない。

もしかしたら私は、失態を犯した直後で気が動転しているのかもしれない。今はまだ口にするべきではない。伝えたところで、撃沈するのがオチかもしれない。だけど振られてもいい。相手にされなくてもいい。何も伝えないままで、いつのまにか私ではない誰かがあの部屋に出入りしマルコさんに触れて、本当の「彼の隣」を占めることになってしまったら。
そうなれば後悔の渦に呑みこまれて、きっと私は自分とマルコさんを嫌いになる。
やらない後悔より、やる後悔だ。

今夜、気持ちを伝えよう。



◇◇◇



約束の時間より少し早くベランダに出て外を眺める。もう意味の無い駆け引きはしない。
少し冷たい夜風が体に染み込んで決意がいっそう固まったとき、音を聞きつけたのか隣から声が聞こえてきた。

「随分早いねぃ」
「あ、ごめん!急かしたわけじゃないんだけど……」
「いや。暇してたからいいよい。今日は場所変えねェか?」
「え?どこに行くの?」

ひとさし指を上に向けるマルコさん。通じていないことを察したのか「屋上だよい」と続け、そこで意味が分かったけれどそんな簡単に行けるものなのだろうか。

「屋上って入れるの?」
「鍵持ってる」
「なんで!?盗んだの!?」
「人聞き悪ィ言い方すんな。秘密だよい」

得意そうに笑いながら部屋に引っ込むから、私も慌てて玄関へ向かった。なんだか最初から向こうのペースだけれど、こんなんで上手く伝えられるのだろうかと不安が過ってしまう。
エレベーターで最上階まで上がり、そこから通路の奥にある階段へと向かう。上がった先の扉にマルコさんが鍵を差し入れると、軽やかな音を立てて施錠は外れた。
扉を開けた先はとても解放感にあふれた場所になっていて、特別なものは何もないけれどこまめに掃除されているのがよく分かるほど綺麗。

「わ、すごい!」

手摺りに近寄って外を見れば、普段よりずっと広い空があって新鮮な気持ちになる。最近は雨続きだったから、こんなに天気の良い夜空は久しぶりだ。
そういえば初めて会話をした日もこんなふうに天気の良い夜だったなあ。
少し遅れて隣にきたマルコさんから缶を受け取り、軽くぶつけあう。


「昨日は本っ当にごめんなさい」
「いいって。二日酔いになってねェか?」
「お昼くらいまでは辛かったけど、もう大丈夫」

ど……どうしよう。
いざこうして二人きりになったらどう切り出していいか、分からなくなってしまった。
しばらくは他愛のない会話をして過ごそうと思っていたけれど、思いのほか緊張して他のことをまともに考えられない。心臓がいつまでもつか分からないから、これはもうさっさと言ってすっきりしたほうがいい。
よし、もう決めたんだ。当たって砕けろ精神でいこう。


「あのね、マルコさん。話したいことがあるの」
「なんだよい。改まって」
「今すっごく緊張してるんだけど……あの、ね、」

躊躇ってしまう。
たった二文字の言葉が言えない、とよく聞くけれど、あれは本当だったんだと身をもって実感。
続く沈黙に焦りが生まれ始め、でもなかなか切り出せず言葉に詰まる。


「その、だから……マルコさんが、」

頭上から落ちてくる影。
キスで言葉を遮られるなんて、本当にあるんだと思った。
そのまま閉じ込めるように抱きしめられて、そんな状況に頭がまったく追いつかなくて。


「……で?マルコさんが、なんだよい」
「…………」
「なんか言えっての」
「………………ど、ういうこと……」

いま一度、今度は冗談のように軽い口づけが降ってきて。


「こういうこと、だよい」

ようやく事態を理解し始めた。


「…………なんで!?」
「おま、いきなりでけェ声出すなっての……」
「私が、好きって言おうとした……のに、」
「あーまァこういうのは男から言うもんだろい」

見上げると、困ったように照れくさそうにはにかむ顔がそこにあるのでこっちまで気恥ずかしくなり、目の前の胸に顔を埋める。回された腕がきつくなって、いっそう強くマルコさんに触れる。


「なァName。恋で疲れた心は、新しい恋で癒すんだろい?」

いつかのアドバイス。
いつかの夜のように楽しげに肩を揺らしながら「癒してくれよい」とこちらを覗き込んでくる。
あのときは離れた場所から眺めていたけれど、今は、なんの隔たりもない距離でこの甘ったるい体温を感じているなんて。

「さっきからおればっかり喋ってるよい。なんか言えっての」

そうだね、いくらでも癒すから、私と新しい恋をしよう。
その気持ちをさっきは言えなかった二文字に込めて、この夜に解き放とう。



(続きはどーする?)
(………………!)

fin.
thanks/たとえば僕が

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