仕事が済んだので、普段より早めに帰宅することができた。昨夜は友人たちと食事に行っていたため少し寝不足で、このまま仮眠をとるかさっさとシャワーを済ませてベッドに入るかソファで寛ぎながら考えていると、インターホンの音が部屋に響いた。
この建物はオートロックなので、通常はまず一階エントランスを通らなければ各部屋には行けない。いきなり部屋前のインターホンが鳴ったということは、押したのはほぼほぼこの建物に住む住人だと考えていい。
そうなると思い当たる人物は一人で、モニタを付けると予想的中だった。


「マルコさん?どうしたの?」
「悪ィ……風邪薬持ってねェか?」

返事をするより先に、玄関へ急ぐ。


「風邪引いたの?!」
「……みてェだ。あいにく薬切らして、買いに行くのも面倒だから聞いてみたんだが……」
「あるある!ちょっと待ってて」

部屋に戻り、所定の場所を漁ってまた玄関へ。

「はい。たくさんあるから一箱あげる。大丈夫?」
「ありがとな。大したことねェよい」
「あ!この間、ずぶ濡れになっちゃったから……!」
「いや、最近仕事が忙しかったからだよい」
「そっか……。熱あるのとか食べ物飲み物はちゃんとあるの、とか色々質問攻めしたいんだけど辛そうだから一個だけ言うね。迷惑じゃなければお世話焼かせて」
「……頼んだ」
「任せて!マルコさんはゆっくり寝てて」
「鍵開けておくから、テキトーに入ってくれていいよい」
「うん、ありがとう」

まずは買出しだ。あの様子じゃ冷蔵庫に入ってるのは缶ビールくらいだろう。
ひとり暮らしで体調を崩すとそれはもう悲惨なことになる。飲食料のストックが無いとなれば、生きるか死ぬかの問題にも発展しそうなくらいの大問題だ。
近所のスーパーに行き、スポーツ飲料に栄養ドリンク、アイスとゼリーと何種類かのフルーツ。それと日持ちする食べやすそうなものを購入。
一度自宅に戻った後、すぐにお粥を作ってそれらと家にあったクールダウン用の湿布と体温計を持ち、マルコさんの部屋のドアノブに手を掛けた。
飾り気のない玄関は、まさに男性の部屋。奥に進み、また扉をひとつ開ける。

「マルコさん、起きてる?」

ソファで寝転がっている姿に小声で呼び掛ける。

「んー……起きてるよい。ありがとな」
「色々買ってきたよ。あとお粥作ったんだけど、食べられる?」
「……腹減った」
「そっか、良かった」
「ありがとよい。そこに財布があるから」
「いらないよ」
「いやそういう訳には、」
「じゃあ早く治して美味しいもの食べに連れてって」
「はは、了解」

体温計はちょっと高めの数値を叩き出しているけれど、お粥をしっかり食べるマルコさんの姿を見て少し安心する。
了承を得て買ってきたものたちを(案の定ビールで埋まっていた)冷蔵庫に移したりしているうちに、お粥は見事に完食された。


「食欲ないかなと思って念のためアイスとかゼリーとか買ったんだけど、心配なかったみたいね」
「食べるよい。本当にありがとな」
「困ったことがあれば、遠慮なく言って。私に出来ることならいつでも助ける」

いつか言ってもらった言葉を得意げにそっくり返すと、マルコさんは笑いながらソファに突っ伏した。

「ちゃんとベッドで寝て!私そろそろ、」
「帰るのか?」
「え?」
「心細ェよい」

頭の下に置かれたクッションの位置を直しながら、ぼそっと呟いたマルコさん。そんなこと言われたら永久にココにいるけど……!というのはいつものように心に留めておいて「まだ帰らないよ」と観念したように返事をした。本当はちょっと、いやけっこう、嬉しいのに。

「でもちゃんとベッドで寝たら?」
「さすがに寝室には連れ込めねェだろう」
「つまり私がいたら休まらないってことね。やっぱり帰、」

立ち上がろうとすると、腕を咄嗟に掴まれた。


「いいんだよい。この方がよく休める」

安堵したように瞼を閉じるその顔。
天井の方に向けられた喉元や首筋にそっと顔を寄せられるような関係だったら良いのに、と思ってしまう。いっそ好きだと伝えてみようか。いや、何もこんなときに伝えなくてもいい。それに焦るのもよくない。
今日は幸い週末だ。マルコさんの気が済むまで、このままこうしていよう。



◇◇◇



はっとして目が覚めた。
仕事に行かなくては、ここはどこ、さっきまで私何してたんだっけ、そんなことがいっきに浮かび一瞬パニックに陥るも、目の前のマルコさんを見て思い出した。時計を見てみると深夜二時。あのままぼーっと寝顔を見ていたら、寝不足だったせいもあってつられて熟睡してしまったようだ。

「Name……?」
「一緒に寝ちゃったよ、はは」
「いま何時だよい……」
「夜中の二時」
「……!悪い、こんな時間まで、」
「私が寝ちゃったんだから、謝らないで。それより熱は?」

額に当てた手から伝わってきたのは、心地の良い温度。計るまでもなく熱は下がっているだろう。

「熱ないね!体少しは楽になった?」
「ああ……かなり軽くなったよい」
「良かった。じゃあ私そろそろ戻るね」

またちょっと不満顔のマルコさん。小さな子どもみたいで、可笑しくなってしまう。

「迷惑じゃなければ、お昼前にでも様子見にくるよ」

言うと途端に笑顔になるから、なにこれもう確信犯?と思わずにはいられない。半分眠そうなところがまたいい味出してるんだこれが。

「眠いでしょ?このまま寝て。おやすみ」
「ん、ありがとな。おやすみ」


伝えるチャンスはまだいくらでもあるのだから、この気持ちはもう少し隠しておこう。
そう決めて部屋に戻り、シャワーを浴び終え再び眠ろうとしたのだけれど可愛らしいマルコさんの姿が頭に焼き付いてしまい、なかなか眠れなかった。


to be continued.
thanks/ロストガーデン

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