とある日の夜。
グラスを洗い、水を止めようと蛇口部分のセンサーに手をかざしても反応がない。何度か同じ動作をしても水は流れ出たままなので手動でスイッチを押すも、やはり反応なし。


「ん?なんで止まんないの?」

独り暮らしをするようになってから、独り言が格段と増えた気がするのは私だけだろうか。
そんなことよりも、止まらない水に段々と私のパニック度が増していく。おまけに水の勢いもどんどん強くなっている気がする。

「えええ何これどーすんの!?止まんない!管理会社に電話!?いや、水道屋さん!?どこに電話すればいいの!?」

彼氏の一人や二人でもいたらこんなときに助けを求められるのに、あいにく今の私はそんなもの二人どころか一人もいない。困ったときはお金を払って業者に頼むしかないのだ。
なんの色気もない現実に切なくなりつつ、どうしようどうしようと慌てふためいているとベランダの向こうからマルコさんの声が聞こえてきた。窓を開けていたから、きっと私の焦りが風にでも乗って届いたのだろう。あいにく流水音で何を言っているのかよく聞き取れないので、ベランダまで行き顔を出すとやはりそこにはマルコさんの姿が。


「叫び声が聞こえた気がしたんだが……何事だよい」
「水が止まらなくて……!こういうときってどこに電話したらいいんでしょうか……!」
「水?風呂か?」
「いや、キッチン」
「見てやるよい。行っても構わねェか?」

色気のある現実、ここにあった!
二つ返事で頷いた後、高速で部屋に引っ込んで床に散らばっていたものをクローゼットに投げ入れた。昨日掃除しておいて良かったと心底思う。
玄関の鍵を開けると、黒いTシャツで下はグレーのスウェット姿のマルコさんがすでに立っていた。


「すみません、散らかってるけどどうぞ」
「お邪魔するよい。言っただろ?困ったときは言えって」
「ふふ、ありがとうございます」

連れ込んでしまったー!
それどころじゃないっていうのに、何考えてるんだ自分。いや、これはいたって普通の感情だ。私だけがおかしいわけじゃない。多分。
未だ勢いよく流れる水を見て、マルコさんは「あー」と声を出しながら色々調べ始めた。シンク下の扉を開けようとしゃがんだ瞬間にTシャツの裾から見えた、腰部分の素肌と下着のゴムに心の中で悶える。これぞ絶対領域というやつだ。それにしても男の人の腰元ってどうしてこんなにも色気があるのだろうか。
そんな邪な気持ちを抱いているうちに、どんな意味があるのか私にはさっぱり分からないけれどマルコさんは立ち上がって蛇口あたりを手で押さえ始めた。流水がシンクに反射してかなり大きな音を出している。


「こりゃだめだName、業者呼ぶよい」
「え、業者ってどこ!?」
「水道トラブル〜って歌のCMあるだろい、とりあえずあそこだ!いや、管理会社か?」
「なにその歌!?ていうかどっち!?」

カオスとはこのことだろう。
とりあえあずスマートフォンを取りにソファのほうへ行こうとすると、あら不思議。

「あれ!?止まった」
「……誤作動か何かか?まァとりあえず良かったよい。明日にでも管理会社に電話しておいたほうがいいな」
「ありがとうございますー!」

良かったーと言い終わる前に、止まったと思った水がまた勢いよく流れ出てきた。運悪くちょうど蛇口の下に手をかざしていた為それは四方八方に飛び散り、まるでやんちゃな子どもにウォーターガンをぶっ放されたようだ。
驚く声をあげる間もなく、私とマルコさんは見事に上半身ずぶ濡れとなってしまった。

「…………」
「…………」
「ぷっ……あははは!」
「ははは!何なんだよい、まったく」

こうなったらもう笑うしかない。

「止まったと思ったのに!」
「うまいフェイントだったなァ」
「ちょっと待って、タオル取ってくる」

この家で一番上等なタオルを選んで手渡すと、マルコさんは自分を拭う前にふわりと私にそれを被せて頭をガシガシと撫でた。豪快な手つきだけどそれはやけに私の心を落ち着かせる。

「マルコさんのために持ってきたのに……あ、もう一枚取って、」
「いいよい。洗濯大変だろ?」

ふわふわのタオルの隙間から見えるマルコさんは、ふわふわした顔で笑っていて。
ああ、これはもう恋だなと自分の気持ちに確信を持ってしまった。
どこよりも先に、友人に電話してこの気持ちを伝えたいけれどそうもいかない。水道屋さんに電話を入れ急いで来てもらうことになった。

「十分くらいで来てくれるみたい」
「良かったよい。じゃあおれはそろそろ……」
「え、帰っちゃうの!?」

しまった。つい本音が出てしまった。

「敬語、抜けたな」
「あ……そういえば」
「おれが帰ったら不安か?」

悪戯に笑う顔もかっこいい。
小さく頷くしかなくて、そうしたらいつもの穏やかな表情で「着替えてすぐ戻る」と残して去り、本当に戻ってきてくれた。
トラブルの原因はやはりセンサーの誤作動とのことで、応急処置を済ませてくれた業者さんを二人で見送り、やっと一息。


「マルコさん。ご迷惑お掛けしました、ありがとうございます」
「明日忘れずに管理会社に連絡入れろよい」
「はい!あ、マルコさんご飯食べた?」
「いや、これからだよい」
「良かったらコレ持っていく?」

奥の鍋には作りたてのカレーがあった。
食べて行ってと言っても良かったのだけれど、さすがにそれは馴れ馴れしい気がして何より私が緊張してしまう。
いや待て。それより最近の男性は自分の母親以外の手作りを食せない人が多いと聞くけれど、マルコさんは大丈夫だろうか。困らせてしまっただろうか。

「良いのか?」
「え?あ、もちろん!それより人が作ったもの食べられる……?」
「なんだそりゃ?どーいう意味だよい」
「や、手作りって最近食べられない人が多いから」
「ああーそういや会社にもいるなァ。おれは大丈夫だよい。むしろ好きだ」
「ほんと?!良かった!」

タッパーに移してる最中も隣に立ってるから、なんだか落ち着かない。


「うまそうだなァ」
「美味しいよー料理は結構得意だから!そうだ味見してみる?」

キッチンの引き出しからスプーンを取り出して、一口分すくう。
はい、と手渡すつもりだったのにマルコさんは私の差し出した手を掴んでそのまま口に運ぶから、心臓が爆発するかと思った。

「んん、めちゃくちゃうめェよい!」
「ほんと?!良かったー!」

とんだ災難だったけれど、色々良い方向に動いて良かった。自分の気持ちにも気付いたし、どさくさに紛れて料理上手もアピールできたし、終わり良ければすべて良しとはこのことを言うんだろう。


to be continued.
thanks niharu!

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