週末の帰り道。
人通りは多くも少なくもない、自宅まであと少しの場所を歩いていたところでスマートフォンからメッセージ受信音が鳴った。
開いてみると「別れよう。もう連絡してこないでほしい」の文。差出人は彼だ。
思わず立ち止まり、悲しみよりも怒りが沸いてくる。だいぶ前からこんな予感はしていた。していたが、いい大人がメッセージ一通で別れを告げてくるなんてどうかしている。そしてそんな奴と付き合っていた自分が恥ずかしい。

「なにしてんだよい、Name」
「おおっ」
「……相変わらずおっさんみてェだな」
「びっくりしたー……」
「こんなところに立ち止まって、何してんだ?」
「いや、あのー」

私の手元に一瞬視線を落とすマルコさんは、不思議そうに顔を覗きこんできた。こうして並んでみると思っていたより背が高いことに気付く。スーツ姿も見慣れているはずなのに、なんだかちょっとかっこいいななんて思っちゃうし。


「えー……と、振られちゃいました、しかも画面上で。あはは」
「…………」
「…………」
「……とんでもねェ大バカ野郎だよい。大丈夫か?」
「あ、全然大丈夫です。なんかもうダメなの分かってたし」

マルコさんは眉間に皺を寄せながらひとつ、切り替えるようにため息を吐いた後「帰るか」とやわらかくほほ笑んでくれた。ストレートに伝わってくる優しさで私のなかのマルコさんの存在は膨れ上がり、そのうち恋に成長してしまいそうな感情が生まれる。我ながら振られたばかりとは思えない思考だ。

並んで帰宅し、それぞれの部屋に着きそうな頃。

「ほんとに大丈夫か?」
「はい!」
「何か困ったことがあれば、遠慮なく言えよい。おれに出来ることならいつでも助ける」
「ありがとうございます!・・・でも、なんでそんなに優しくしてくれるんですか・・・?」
「良い子だと思ったから、だよい」

頭をぽんぽん、と軽く叩いてまた笑ったマルコさん。その顔を見る度に私の気持ちは癒されていくのだから、これはもう恋と呼んでもいいだろうか。
部屋に入った私は急いで親友に電話を掛け、一連の出来事を興奮気味に事細かく報告。デートではなく女友達と恋愛トークで長電話、こういう週末の夜も悪くないと思った。




◇◇◇



少し遅く起きた翌朝、風は強めでも天気は快晴で洗濯日和。
普段は乾燥機任せだけれど、こういう時はお日様に任せたいと洗濯機を回す合間に朝食と掃除を済ませ、とても気分の良い一日の始まりだ。洗濯終了の合図と共に、下着だけは室内干しで残りはすべてベランダへ。吹き抜ける風が気持ち良くてずっとここに居たくなる。
ふと、お隣のベランダを見ると同じように衣服が風に揺られている。YシャツやTシャツに靴下、そして下着・・・いやいやいや、なに人の洗濯物なんて見てるんだ私。気持ち悪すぎる。
自分で自分に引きつつ部屋に戻ろうとすると、窓を開ける音と名前を呼ぶ声が。確認するまでもなくマルコさんだ。

「Name!」
「あ、おはようございますー!」

洗濯物見てたの、ばれた!?と内心焦る心の片隅で、ちょっと寝癖がついた姿もいいなあと思うのはもう仕方のないこと。

「今夜暇してるなら、ここで飲まねェか?」
「暇です暇!!」
「じゃ20時にな」

思いもよらない誘いだったけれど即答。明るく返事をして静かに扉を閉めたあとは、よっしゃァア!と拳をかかげてジャンピング。
落ち着かない日中を過ごして、やっと約束の時間がきた。先に出ていくのも、待ってました感が強いので気付かれないように窓を少し開け耳を潜ませながら、マルコさんが出てくるタイミングを待つなんて無駄な駆け引きをしてみる。
窓を開ける音がしたので間を置いて数秒、何食わぬ顔でベランダへと出て行った。


「こんばんは!」
「こんばんは。とりあえず生でいいか?」
「あ、この前もらったので今日は私が、」
「いいよい。遠慮すんな」
「じゃあ……お言葉に甘えて、いただきます!」

前のように、ゆるい弧を描いて手元に届いた缶ビール。


「あ、それとコレ。Nameの服か?」

見ると、見慣れた服がマルコさんの手に掲げられているではないか。

「ぎゃああ!!私の!なんで!?」
「夕方洗濯物しまおうとしたら、ここに落ちてたんだよい」
「す、すみません……!!」
「風強かったから、飛んじまったみたいだな」

ただの服だったら良かったものの、よりによって部屋着として使っていたカップ付きのキャミソール。
下着だったら良かったんだけどねぃと冗談を浴びせられながら受け取って、そのまま部屋に放り投げた。ああ、恥ずかしすぎる。

「ほんとにすみません……!とんだお目汚しをっ……」
「いつになったら敬語やめるんだよい」
「え、」
「今から敬語はナシな」
「わ、わかりました」
「はい言い直し」
「……わかっ、た……!」
「それで良いよい」

改めてマルコさんを見ると、普段より少し雰囲気に陰があるような気がした。

「あれ?マルコさん。なんかいつもより元気がない気がしま……、気がするけど、具合でも悪い?」
「え?ああ、いや体調は悪くねェよい」
「体調は悪くないって、じゃあどうしたんで……どうしたの?」

マルコさんは手元の缶ビールを見つめて黙りこくる。
眠たげな普段のぼうっとした姿も味があって素敵だけれど、その伏し目がちでどこか憂いを帯びた姿は、うしろに見えている月のせいか色気に満ちていて思わず見惚れてしまう。
いや、それよりもこの空気を読まなければいけない。きっと話したくないことだろうから話題を変えよう。

「あ、そうだ!マルコさんは、」
「おれも振られちまってなァ」
「えっ?!」
「さっき電話が来て、もう無理だって言われたよい」
「……あ、え?!本当ですか……?!」
「敬語」
「いやいや、今はそんなんどーでもよくって……!大丈夫ですか!?」
「大丈夫だよい。Nameじゃねェが、おれもなんとなく分かってたからな」
「そ……っか。辛くないですか?もう部屋、戻ります?」
「はは、心配ねェよい。正直ホッとしてる。それにしてもよく気付いたなァ」
「え!?すぐ分かりましたよ。なんか元気ないなーって」
「人にはよく、何考えてるか分からないとか表情読めないって言われるよい」
「そうかなあ……」

まあ分かりやすくはないけれど、分かりにくいってこともないような気がする。

「似てるなァ、おれたち」
「はは、そうですね。振られたもの同士」
「敬語」
「そ……そうだね。振られたもの同士」
「それでヨシ」
「あーそうだマルコさん、良いこと教えてあげる」
「なんだよい」
「恋で疲れた心は、新しい恋で癒す!私の鉄則!」
「なんだそりゃ」

そう言いながらも笑顔を見せてくれたマルコさんは、「一理あるかもな」と続けた。
やっぱり笑っている顔が一番素敵だ。


to be continued.

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -