「ああっ、むかつく!連絡くらいするのが普通でしょーもうっ!」

独りで文句を言いながら窓を開けてベランダに一歩踏み出し、続きを並べる。


「大体怪しいと思ったんだよ。約束したとき返事が微妙だったし!」

「どうしたんだよい」
「おおっ!!びっくりした……!」
「おっさんみてェな驚き方だな」

驚きで呆気に取られながら声のする方向を見ると、隣のベランダでお隣さんが煙を燻らせていた。
独り言、しかも文句を聞かれていたという事実と、色気のない声を発してしまった事実を理解した途端とてつもなく恥ずかしくなる。


「す、すみませんっ……!」
「さっきまでの威勢はどこにいっちまったんだよい」
「や、ほんとすみません……!」

楽しげに肩を揺らすお隣さん。
この人とは朝と帰りの時間が重なっているのか、週に二回くらいは姿を見つけたり顔を合わせたりする。特に話すこともないので挨拶しかしたことがないけれど、今日は違った。


「嫌なことでもあったようだねい」
「!!そうなんですよ……!彼と約束してたのに、全然連絡なくって三時間待った結果変な理由でキャンセルされて!」
「あァ……そりゃ文句も言うわ」
「ですよねー!でもうるさくしてしまって、本当にすみませんでした」
「いいよい。……そうだ、ちょっと待ってな」

部屋に引っ込んでいったお隣さんに言われるまま、その場で待つ。
年齢は明らかに私より上で、落ち着いた大人の雰囲気がありながらもどことなくゆるい空気感が漂っている、話しやすい人。スーツ姿しか見たことがないけれど今はラフなTシャツを着ているせいか、普段よりも若々しく見えてお兄さんという言葉がしっくりくる。


「ほら。こういうときはコレだ」

戻ってきたお隣さんは唇の端にタバコを挟み、両手で缶ビールを掲げていた。
ベランダはそれぞれ孤立しているので、パーテーションなどの隔たりは無い。お互いが手を伸ばせば多分指先くらいは触れそうな距離だ。
掲げたうちの一つを、大きな弧を描かせて放り投げてきたものだから慌ててキャッチする。


「酒、飲めるか?」
「……ちょっと待ってて」

部屋に戻り、先程いっきに飲み干して中身が空になっていた缶を握って再びベランダへ。中身は空ですよ、つまりお酒は飲めるどころか大好きですよ、と示すために振ってみせればお隣さんはまた楽しそうに肩を揺らした。

「気が合うねい」
「早速いただきます!ありがとうございます」

二つのプルタブをほぼ同時に開ける、勢いの良い音が夜の空気に響いた。


「彼ってあれか?たまに一緒に帰ってきてる……」
「そうそう、あの彼です。たぶん三回くらい?一緒にいるときにすれ違ってますよね」
「真面目そうに見えたけどなァ」
「見えただけですよ。本人は私が知ってることに気付いてないと思うけど、結構遊んでるみたい」
「なるほど……若いねぃ」

外の景色を眺める横顔がちょっとかっこいい。
こういう人と付き合えたら、こんな想いしなくても済むのだろうか。


「あ、えっと、お名前……」
「名前?ああ、マルコだよい」
「マルコさん。あ、私はNameです」
「Nameちゃんね。マルコでいいよい」
「や、明らか年上でいきなり呼び捨てはできませんよ……!」
「ははっ、良いって言ってるんだから気にすんな」
「軽いノリの人ならできますけど、落ち着いてるし大人って感じだし」
「そんなことねェよい」
「じゃあ、徐々にそう呼ばせてもらいます」

女同士が仲良くなるためには、恋愛トークが必須だと思っているけれど男性には通用するのだろうか。けれどさっきまでの会話の流れを考えると話題はこれしかない。


「マルコさんもたまに女の人と一緒にいますけど、彼女ですか?」
「ああ、そうだよい」
「へえ。綺麗な人だなって見るたびに思ってます!」
「伝えとくよい。きっと喜ぶ」

さっきまでの楽しそうな表情が少し消えた気がした。そういえばここ一ヶ月くらいは見かけなくなったような気がする。あまり上手くいってないのかもしれないので、それ以上恋人の話題に触れるのはやめておいた。代わりに、お互いの地元や仕事の話などをして会話に華を咲かせているとあっという間にマルコさんにもらった缶の中身はなくなった。

「明日も仕事だろい?」
「はい、マルコさんもですよね」
「そうだねぃ。んじゃそろそろ寝るか」
「ですね!ごちそうさまでした、ありがとうございました!」
「こちらこそ。いい話相手が見つかったよい」
「あはは、いつでも暇してるのでまた声掛けてください」
「Nameちゃんもな」
「はい!じゃあおやすみなさい」
「おやすみ」

目を細めてほほ笑んだその顔がとっても優しくて。怒りなんてとっくに忘れて、むしろ何だか幸せな気持ちで寝る準備を整えベットに入った。今夜はいい夢が見れそう。

to be continued.
thanks/Largo

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