黒いハイヒールだけを履く女


黒い服をまとって黒の美しいハイヒールを履いて石造りの床を鳴らしながら、ルッチのとなりを歩く。ずっとそうしていけると思った。こんなに完璧なことは他になくて幸せでたまらなかったのに、それは小さな海賊団によって容易く崩されてしまった。地位も名誉も今まで必死で築きあげてきたすべてが、司法の塔とともに崩れた。
そんな私たちが次に築きあげるのは、今まで考えもしなかった逃走劇だった。


「調子はどう?」
「悪くない」
「良かった。あ、言い忘れてたけど長期任務お疲れさま。もうお互い周りの目を盗んで会うこともなくなるね。月に1度、それが5年間。60回もよく続けられたもんだわ。あー疲れた!」
「無理を言ったのはお前だろうが」
「だって5年間よ!?そんなに放っておいたらルッチ、絶対他の女のところにいくもん」

しばらくは安静ということで、大人しくベッドに落ちついているルッチ。珍しい姿だから私は少しだけ強気になってしまう。


「元気そうだから言うけど。それでもこの5年間、他の女もいたよね」
「鋭いな」
「しかも、私が愛用してるシューズブランドの店で働く店員」
「さすが諜報部員だ。……いや“元諜報部員”か」
「ここからは推測だけど、任務が終わるのを機に別れを告げたわよね。ルッチの性格なら必ずそうする。ただのひま潰し、本当に愛してるのは私だけ」
「なにもかも正解だ」

少しは焦ったり隠そうとしたりしてほしい。呆れたため息を吐きながら、そんなのルッチに望むこと自体間違っていると思った。
まあいい歳した男に5年間ものあいだ大人しくしてろというのも無理がある。ある程度は仕方ないし、結局戻ってくるのは私のところだし、騒ぐほどでもない。この話はこれで終わりだ。
せめてもの償いとしてキスをいただこうと椅子から立ちあがると、足元に痛みが走る。

「いった……!」
「足を痛めたのか」
「うーん……大丈夫。足より私の心の心配してよ。ほら、早く抱きしめて」

敗れはしたけど、私にとってはなにも変わらないこの安心感。でも今日は不安も抱いていた。
今まで狭い世界で長く生きてきたのに、突然広い海原へでた。これから私たちはどこに向かうのだろうとかどう生きていくのだろうとか、未知への不安。





まだ本調子とは言えないルッチは薬の副作用で数時間前から眠っている。私は町で買った新聞も本も読み終え、ただただその姿を見つめていた。
だけどどうにも足の違和感に耐えられず音を立てないよう靴を脱ぎ、痛みが和らぐよう気休めとわかりながらも手を這わせた。
ハイヒールでの戦闘はなかなかコツがいる。痛みや疲れに襲われることも少なくないけれど、私にとってはそんなのどうでもいいくらいその魅力に取りつかれていた。
結果足は常になにかしらの生傷を抱えていて、近頃は若干の変形すらみえてきた始末。そういえば同じくハイヒール中毒で知られる有名舞台女優も足に異常を抱え、手術を受けたことがあるといつだったか耳にしたことを思いだす。

窮屈な場所に閉じ込められて傷だらけになって、なんだか私自身みたいだ。


「……痛むのか」

静かに響いた声。
いつから起きていたんだろう。


「正直に言うね」

本当は仕事があまり好きじゃなかった。
だけど生まれたときから完璧に仕上がっている道を無視して、他を歩くことなんてできるはずもない。できるのはその窮屈で暗く狭い場所に自分を上手く押し込め、目のまえに伸びた完璧とされる道をひたすら歩くことだけ。
でもね、思ったんだ。


「ねえルッチ。船造りはどうだった?」


その手は何度も100のものを0に壊してきた。だけど0のものを100に造りあげる、真逆のことも可能にしてみせた。
それなら、私の足は完璧に仕上がった道を歩くためのものだったけれど。自ら作る道を歩くことだってできるかもしれない。


「……お前が仕事を疑問を感じていたことはわかっていた。だがおれはどうしてやることも出来なかった」
「…………」
「すまない。つらかっただろう」
「っ、ルッチ……!」

そうじゃないよ、ルッチが謝ることなんてなにもない。他の人のところにもいったりするけれどルッチはいつだって私を支えてくれてた。だから今まですべてのことに耐えられた。


「敗けて瀕死になって逃げて、しかしおれはこれで良かったと思っている」
「……どういう意味……?」
「違う世界をお前と見てみるのも、悪くない気がしただけだ」


床に転がるのは大好きなハイヒール。でもこれからは、もっと私に合うものを。
高い場所も悪くないけれど、そのままの目線で周りを見つめても、きっとまた違う素敵なことに気づける。
今度はカラフルなスニーカーでも買ってみよう。
黒にまみれた、窮屈な場所を抜けだすんだ。


next

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -