続・高級靴店で働く女


愛するひとを失って死にたいほど苦しくてつらいのに、勇気がない私はどうやら生きていかなければならないらしい。

朝食を買いにでる際ポストをのぞくと、親友からの手紙。お互い何年も前に故郷を離れてしまったけれど今でもこうしたやり取りが続いている。きっと今回の返事は、話すことがありすぎていつもの倍以上になるだろう。
思い出が詰まった部屋で彼のことを書くのはまだまだつらいので、もう一度階段を昇ってレターセットとペン、そしてなんとなく、クローゼットの奥から、使いこんだスケッチブックとカラーペンも持ってまた階段を降りた。
街中にあるちょっとした広場のベンチで隣にコーヒーを置き、手紙の封をあける。
内容は異性関係や仕事の近況報告、思い出話、夢だったり他愛もないことから真剣なものまで互いに何でも綴りあう。
見なれた筆跡を追っているとじわじわ襲ってくる睡魔。
ちがうの、あなたの話が退屈とかじゃないの。あまりにも天気がいいから、ほら、最近ほとんど眠れてないし。
差出人の彼女に心のなかで弁解しながら、ゆっくり意識を手放した。




目覚めた私の視界、一発目に入ったのは赤い髪をした男。かすかな記憶をたどると彼はたぶん、先日悲惨な私の姿を見て笑った男だ。



「お!起きたな」
「驚いた……なんなの?」
「若い姉ちゃんがこんなところで居眠りなんて、危ねェだろ?」


だから変な奴が近寄ってこないように見張ってた、と屈託ない笑顔を見ながら、あんたみたいなのを変な奴って言うんじゃないのかと片隅で思う。
相も変わらず、一体このあいだはどうしたんだとしつこく聞いてくるデリカシーの欠片もない奴。私はわざと大きなため息を吐いてから答える。


「彼にこっぴどく振られたの。長年生きてるならそれくらい察してよ」
「あァ、そうだったのか。おれで良かったら話聞くぜ?」
「……」
「ま、無理にとは言わないさ」
「…………」
「…………」
「……私の、」
「うん」
「……生活とか色々、ぜんぶ、費やした。たまにかかってくる深夜の電話……とか、会える日とか、それ楽しみに仕事がんばった」
「うん」
「でも今は……休日欠かさなかった料理教室に通う理由も、ない。セクシーな下着を探しにいく理由もない。部屋を掃除する理由も、彼を失ったらぜんぶ無くしちゃった」

残ったのは疑問と思い出と悲しみと空虚な日々だけ。これから先のことなんて到底考えられない。一瞬一瞬、彼を思いだしながら苦しい呼吸をすることで精一杯。


「もう最悪……」

さっきとは違う感覚で意識が遠退く。










見慣れない木目の天井。
腕には医療器具がつながっていて、ああついに倒れたのかと他人事のように自分の状況を理解した。
視界の隅に映る赤髪になぜか安堵して、もう一度瞼を閉じる。


「……ねえ」
「シャンクス」
「シャンクス。ありがとう」
「お。笑った顔はじめて見たなァ」
「普段は結構にこにこしてるんだから」
「はは、そっか。うちの船医が軽い貧血だから特に心配はないって言ってたぜ」
「船医……えっ!?」


私が連れられたのは病院ではなく、なんと海賊船。そうだ、この男は見るからに海賊だった。
拐われたと驚愕してなにも言えずにいたら、それを察したんだろう。


「心配すんな。お前を乗せたまま出港してねェしするつもりもねェから」
「……ああ、うん、そうだよね」
「待ってろ。目ェ覚ましたって船医呼んでくるから、もっかい看てもらえ」
「……ありがとう」

普通だったら、見返りを求めてひどい要求をしてくるんじゃないかと不安に襲われたはず。だけどシャンクスからはそういった雰囲気は少しも感じないし、予想どおりなにも求められることなくおまけに自宅まで送ってくれるという親切さ。
至れり尽くせりというのも気が引けるから途中、お酒でも奢らせてと言って小さな酒場へ寄った。そこでは海賊ならではの壮大な冒険話、旅先で出逢った人々や麦わら帽子を託した少年の話、仲間たちとの愉快なやりとりの様子、自分がどんなに自由と海をこよなく愛しているか。そして夢についても、幼い子供のように目を輝かせて語ってくれる。
この人は、私がルッチと出逢った頃に失くしたもの持っていた。


「お前にも夢とかあるだろ?」
「今はなにも無いよ」
「嘘だ」
「なにが?」
「悪ィな。絵を見た」

隣の座席に置いていたスケッチブックのことを言っているんだとすぐにわかった。中身はレディース・シューズのデザイン画。


「聞かせてくれよ。知りたい」

少し戸惑ったけれど私に向いた瞳がとても純粋だったから。


「……シューズデザイナー。子供の頃からの夢。学べることも多いと思って、今の職に就いたの」
「諦めちまったのか?」
「彼に出逢って彼に夢中になって、いつのまにか忘れてた。……ううん、彼への愛を言い訳にしていつのまにか諦めたんだわ。ほんっとだめな女。情けない」
「そうか?自分を誇るべきだよ。心から他人を愛せたんだ。なかなかできることじゃねェ」

不思議な男。
いい意味で大人なのか子供なのかわからない。


「そうだ!なあ、おれの靴も描いてくれよ!」
「メンズもの?っていうか海賊もの?考えたことないよ」
「んじゃこれが初めてだな!」

また屈託のない笑顔を見たら、自然とペンを持ちたくなった。
不思議さは一瞬一瞬増していくばかり。その顔を見ていると気持ちが楽になる。あの人とはまったく真逆の、光のような人。


「いいわ。挑戦してみる」
「ありがとう!」

私が初めて描いた海賊物。シンプルな黒いサンダルのデザイン画は小さなプレゼントとして渡し、彼は大げさすぎるくらいに喜んで私も嬉しくなる。

だけどこの日以来、シャンクスとは会わなくなってしまった。約束なんてしていないし、ましてや彼は海賊。寂しいけれど仕方のないことと思うしかない。
仕事はしばらく休暇をもらった。長いこと見失っていた自分とまた向きあって、これから先の歩き方をじっくり考える必要がある。
彼を想うとまだ苦しくなるけれど、いつまでも塞ぎこんではいられないと思えた。








「よお!」
「シャンクス!?もういないと思ってた!」


気分転換とばかりに街を歩いていたら思わぬ再会。だけどシャンクスは、お前を探してたんだと嬉しそうに笑った。
どうしてか聞くと、片足をわずかに上げて注目を奪う。
飛びこんできたのは、先日私が描いたものとまったく同じデザインのサンダル。


「もらった画を仲間に見せて、造ってもらったんだ。そういう技術を持った奴がいてな」
「うそ……!」
「夢が形になった気分は?」
「素敵……!だけど初めの一足は絶対鮮やかなハイヒールって決めてたのよあーもう!最高!!」

矛盾したことを言いながらも結局気分は最高潮。感動とか興奮とか喜びとか、とても一言では表せないいくつもの感情が身体の底からどんどん湧きでてくる。


「まァ気にすんなって!“あの有名デザイナーの第一足は、なんと海賊の靴!”ってなんかおもしれェだろ?」

純粋に嬉しかった。
諦めるなとか負けるなとかそんな言葉はひとつもなくて、行動で私に進むべき道をおしえてくれた。夢を追う喜びと叶う喜びをおしえてくれた。
暗く澱んだこの道を照らしてくれた光はとても力強く大きなもので、やさしくて、導かれた私の決意は固まった。


「インソールにサインさせて。私がまた夢を追う記念と、夢がはじめて形になった記念に」


新しい日々がはじまる。
と言っても今のところは変わらず店頭に立ってお客様を相手にしているけれど、帰宅すればいつか形にする為のデザイン画を描いて、勉強もして。充実感に溢れていた。




「これも素敵ね。もうワンサイズ小さいのをいただくわ。あと向こうに飾ってある珍しい色をした、そう、それもお願い。それとさっき履いたパープルの、」
「お客様。お客様はとても綺麗な脚をされているので、そちらよりもカットが深いこちらのタイプを選ばれたほうがより美しさが引きたつかと思います」


馴染みの上客。こんなふうに意見したことなんて一度もなかったから驚いた顔をしている。
けれど靴に対して真剣に向きあうようになった今の私はちがう。持ち主をより美しくさせ、輝かせ、そのまえに広がる道を楽しく歩いていけるようなものを。



「いかがですか?どうぞお試しください」
「……たしかに綺麗ね。すごく気に入った。こっちをいただくわ、どうもありがとう」
「ありがとうございます。すぐに新しいものをご用意いたしますね」


そうだ、今度は親友のために描いてみよう。彼女にとっては実用性に欠けるかもしれないけれど、ゴージャスでいて健康的な美しさも見せる鮮やかなハイヒールを。


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