Prologue


【高級靴店で働く女】

「でね、その人は週に一回必ず来てたくさん買っていくの。色も素材もデザインもヒールの高さも、好みとか自分に似合う似合わないとか全然気にしないで、気持ちよーくお買いあげ」
「随分な上客だな」
「そう。すごく洗練されてるけど気さくで感じのいい人。だけどどこか、」
「仕事話はもういいから、こっちに来い」
「……もう、仕方ないなあ」

闇のような人。
出逢ってから今も変わらない彼の印象だった。頭のてっぺんから足の先まで黒と白の二色だけでコーディネートされた衣服。寡黙な唇と鋭い瞳がその印象をつよくさせているのかもしれない。
昔から、やさしさに満ちた男より少し危険な雰囲気のある男に惹かれる傾向があった私にとって、彼はまさに理想的だった。
会えるのは月に一度、よくて二度。
住まいも職業も曖昧にしか知らないけれど心から私を愛してくれるこの存在は、日々の生活になんの楽しみも見出だせない私にとって生きていく糧そのものとなっていた。






【あらゆる靴を買い漁る女】

ひまつぶしにもならない深夜番組を消して、今日購入した部屋の隅に積んだままの靴たちをボックスから取りだした。ひとつひとつを手にとって、色味にデザインにシルエットにあらゆる角度からディテールをチェックしてひとりご満悦していると、帰宅してきた彼。

「ねえ、今日、」
「悪いが疲れてる」
「……そう」
「それと明日から暫く家を空ける」
「…………そう」

あなたの友人から電話があった、とさえ言わせてくれない。
おかえりもただいまも交わさない関係になったのはいつからだったか。視線すら合わせないにそれがわかるはずもない。
愛情をとっくに忘れている私達を繋ぎとめているのは、とてもシンプルなもの。
彼は体裁、私は贅沢。カードでたくさんの靴を買い、どこかの世界的ディーヴァのように明るい照明をあてた広いシューズルームに飾ってながめる。それは空っぽな私の、すべてが満たされる時間だった。






【黒いハイヒールだけを履く女】

司法の塔の石床を鳴らす、この足音。
相変わらず計算しつくした完璧なカッティングを施したフォルムは、どの角度からでも究極の美を魅せる。ポインテッド・トゥで細く高く上げられた踵。上品なブラックエナメルでアウトソールはデザイナーの情熱をあらわした赤。
ハイヒール・シューズが大好きだった。履くことによって高くなる身長。正される姿勢。私という一人の女の価値がワンランクアップされた気がする。そして地面と重なったときの音は、私をエクスタシーに導いてくれそうなほど気分を高揚させてくれる。
これは女性特権の魔法だ。

「ご機嫌だなァ」
「ジャブラ」
「もーすぐ野良猫が帰ってきやがるからか」
「不満そうなふりして、ジャブラも楽しみなんでしょ?まあ五年間も喧嘩できなかったら寂しくなるのは当たりまえだよね」
「あァ!?おまえっ、」
「昨日の任務報告書よろしく。あんたの部屋にある……たしか右側の岩の上に置いたわ」






【スニーカーを履く女】

「おい、さっきの戦闘で怪我したんだって?大丈夫か」
「ああ、うん、かすり傷だから平気」
「なら良かった。あんまりヘマすんじゃねェよい」
「ちょ、大したことじゃないでしょー!自分が気をとられてただけだし、自己責任」
「そのお前に気ィとられる奴もいるってことを覚えておくんだな。小せェことが命取りになる世界だよい」
「…………ごめんなさい」

本当は言われなくても、大したことなんかじゃないってわかってた。
どんな敵でも油断をしてはいけない。自分と家族の命を失いたくなければ、必要ないものは捨ててそのぶん強さを得なくてはいけない。
私はあの大きくて偉大な手をつかんだとき、そう心に決めてひたすら力を求めた。
戦闘中邪魔になるロングヘアにはハサミをいれて、大好きだったスカートで埋まっていたチェストの一番下の段はたくさんの動きやすいパンツに変わった。靴は自分の足にフィットする履き心地のいいものへと、身も心も総入替えをしたのだ。



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