Don't ever stop, right to the top.

ランチを終え、メイク直しをして13時ちょうど。
デスクに戻るとロビー受付からの着信音が鳴り、タイミングの良さに浮かれた気分で受話器を取った直後、全身から血の気が引く。どうにか返事をして電話を切ると、唯ならぬ空気に気付いたらしいサッチとカクが寄って来た。


「どうしたんじゃ?」
「何かあったのかよ」
「ドフラミンゴさんが来ちゃった・・・下で待たせるわけにはいかないから、とりあえずお通しするよう伝えたけど・・・約束17時なのに・・・なんで?!」

この2人なら、ここまで話せば状況はすぐに分かるのだろう。
本日は大手商社ドンキホーテ・カンパニーの代表とアイスバーグ社長の打合せが入っていた。
そして現在、アイスバーグ社長は見事に不在。


「落ち着くんじゃName。社長は何時に帰ってくる?」
「15時・・・。今フライト中だから、遅れることはあっても早まることはない」
「まじかよ。つーかなんでこんなに早く来たんだ!?」

いやな記憶が蘇る。今回の打合せ日時を決めた後、時間が何度か変更になっているのだ。その度にオンライン上で管理しているスケジュールを打ち込み直していた。今思えば、最終的に13時に決まった記憶がある。だけどスケジュールの打ち直しをした記憶はない。
つまり、17時というのは変更前の約束時間。それに合わせて社長の予定も組んでしまっていたのだ。
また血の気が引く感覚。


「サッチどうしよう・・・私のミスだ・・・」
「ええ!?まじかよ!」

なんでこんな些細なミスをしてしまったのか。
彼らとの話が上手くいけば、うちの会社には大きな利益が生まれる。初回からこんな状況になってしまうなんて。
やむを得なかったとはいえ、大切な打合せなんだから15時帰社なんてギリギリにしないでもっと余裕のあるスケジュールを組むべきだった。そもそも、出張になんか行かせるべきじゃなかった。
どうしたらいい。事情を説明して謝るしかない。いや、ドフラミンゴさんの性格は巷では有名だ。機嫌を損ねて、この話はなかったことになる可能性も十分あり得る。社運が掛かった重要なことを私だけの判断で決められない。でも社長は飛行機の中、連絡がつかない。
どうするべきか。どうにかしなくては。


「どうなるか分かんねェけど・・・とりあえずおれが行って穏便に済ませてくるわ」
「お主だと不安じゃ。ワシも行く」
「え、待って、」
「何を騒いでいるんだ」

外出先から戻ったルッチに事情を説明する。
私にバカヤロウと一言だけ発し、ネクタイを整えながらすぐにフロアを出て行くから思わず追い掛ける。


「ルッチ!」
「事情説明と謝罪をして、おれが代理で話を進める」
「そんなっ、」
「どうなっても責任はおれが取る。まァおまえみたいなミスはしないがな」

大丈夫だ。そう励ますように頭を撫で、ルッチはこの会社で一番上等な応接室へと消えて行く。
そこからは仕事なんて手に付かなかった。デスクには戻らず、空いた会議室でなんでこんなミスをしてしまったんだと後悔と不安の渦に呑み込まれ、時計ばかりを見て過ごす。サッチもカクも、途中で帰社したパウリーやルーキーたちの私を宥める声も、何も聞こえない。
1時間程過ぎたころ、ルッチが私たちの元へと戻ってきた。


「ルッチ!どうだった?!」

不敵な笑みを浮かべる。どうやら最初に提示した金額に20%も乗せた額で、良い返事がもらえそうとのこと。話を通すことすら厳しいものになるだろうとアイスバーグ社長は懸念していたのに、通すどころか予想以上の利益まで作るなんて。
聞けば、ドフラミンゴさんはルッチを大層気に入った様子だったらしい。さすが次期社長や副社長と噂されるだけある。
皆で飛び上がって大喜びをしたはいいけれど、私のミスが無くなることはない。その後帰社したアイスバーグ社長に事態を報告し、謝罪。当然の如くお叱りを受けたけれど、最後は笑って励ましてくれ大きな問題に発展することはなかった。

ルッチとフロアに戻り、改めて皆に報告をする。


「私のミスでお騒がせしてしまい、申し訳ございませんでした」

深々と頭を下げる。普段いくら親しくしていようと、仕事は仕事。ミスはミスだ。人として社会人としてきちんと謝らなければいけない。


「Name、顔をあげろ」
「誰だってミスくらいするだろ。気にすんなって!」
「そうじゃよName。ワシらはいつもNameに助けてもらってるんじゃ」
「困ったときはお互い様だろ?!そんな顔すんなよ!な?!」
「エース。てめェは何かしたってのか?」
「おいユースタス屋。てめェこそ何かしたのか?偉そうに」
「あァ?!やんのかてめェ」

大丈夫だ、気にするな、そんな言葉が飛び交っていて申し訳なさと安心感と嬉しさで涙が出そうになるけれど、子供じゃないんだ。ここで私が泣くことは決して許されない。完璧な尻拭いをしてくれたルッチ、あたたかくフォローをしてくれる皆に失礼だ。
それでもちょっと限界が近づいてきている。


「皆、ありがとう」

社長に呼ばれてるから、ちょっと行ってくる。本当にありがとうと何度もお礼を述べて誰もいない会議室に入った瞬間、あふれ出てくる涙。




「Name?」

突然の声に振り向けば、マルコさんが驚いた顔で私を見ている。


「あ・・・!お疲れ様です、これは・・・」
「ここに入るのが見えて、様子がおかしいと思ったら・・・どうしたんだよい」

険しい表情でこちらに寄り、顔を覗き込むから。


「ちょっと・・・ミスしちゃいました。問題なく解決したんですけど・・・自分に失望したショックと、皆があまりにも優しくて、その、耐えられなくなって・・・」

無理に作った笑顔。マルコさんの表情は曇るばかりだ。


「・・・Name。聞けばお前は、入社した頃は今のルーキーより問題児だったそうじゃねェか」
「え?・・・あ、そんなことも・・・はは」
「それが今やアイスバーグ社長が絶大に信頼を寄せる社員の1人だ。“Nameはよくやってくれてる”社長の口癖だよい」
「・・・でも今回こんなミスをして、」
「Nameは頑張ってる。たまにしか来ないおれから見てもよく分かるよい」


新人時代はともかく、ここまでくるのに色んなものを犠牲にしてきた。仕事を優先して何度恋人に振られた?何度友人との約束をキャンセルした?今となってはもう癒えた傷だけれど、必死に仕事をこなすことに疑問を持った時期もあった。それでも続けてこられたのは、社長や社員の皆がいたから。応援してくれた友人、家族、いろんな人が期待をしてくれたからだ。
マルコさんの言葉は、今の私だけでなく過去の私も救ってくれる。間違ってなかったと思わせてくれる。

ここで躓くわけにはいかない。もっと能力をつけて、アイスバーグ社長の、皆の、会社の、私を認めて期待をしてくれる人たちに応えなければ。何より、自分自身のために。

一定のリズムで背中をさすってくれる手があまりにも優しくて、さらに涙があふれるけれど。
大丈夫。少し泣いて、また頑張ろう。

to be continued.

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