He's up to something

週末の夜のダイニングバーは人々の笑顔で溢れている。テーブルを挟んだ向かいに座る男の笑顔は、爽やかというよりダークというか不敵というか少々生意気なものだけど。


「今週はほんと疲れた!社長はキャンセルばっかりだし、やってもやっても仕事終わらないし」
「来週は不在だろ?少しはお前もゆっくりできるじゃねェか」
「どこかのルーキー共が面倒な事件起こさなければね」
「ほう。あいつらにはよく言っておかねェとな」
「ロー、あんたもね。いい?余計な仕事増やさないでよ」

お互い残業で、最後までフロアにいたのは私たちだけだった。同じタイミングでキリがついたのでどちらからともなく声を掛け、こうして遅めの夕食をとっている。ほとんどは私が他愛もないことを話し、ローはそれに返事をするという形だけれど何の不満もなさそうで普段よりもいくらか上機嫌に見えた。

ボトルを一本開けたところで、追加オーダーするかどうか聞いたところ行きつけの店があるからそっちに行かないかと言うものだから、やはり上機嫌なのだろう。明日は休みということもあり、二つ返事で頷き私はレストルームへと立ち上がった。
店内の奥の方まで歩くと、何度か料理を運んでくれたウエイターが待機していたので思い出したように声を掛ける。


「あ、すみません」
「はい。何でしょうか」
「そろそろ出るので、これでお会計お願いします」

クレジットカードを差し出すと、一瞬だけあっとした表情になりすぐさま満面の笑顔に戻る。最初から思っていたが、とても感じのいいウエイターだ。


「すでにお連れ様から頂いております」
「え?そうなんですか?」
「はい。ありがとうございました」
「いえ。ごちそうさまでした」

カードをしまいつつ用を済ませ席に戻ると「行くか」とローは席を立った。
彼の好意に対して騒ぐような、非スマートな真似はしない。こんなときは素直に、笑顔で感謝の言葉を述べるのが一番。


「ローありがとう!ごちそうさま」
「どういたしまして」

ほらね、こんなに優しい顔が見れちゃう。
タクシーで目的地につくと、ローは慣れた様子で裏路地に入り扉を開く。
店内は薄暗く、ウッド調の落ち着いた雰囲気で間接照明がセンス良く照らしていて。カウンターには洒落たアルコール瓶がいくつも並び、フロア奥にはダーツマシンが数台あり男性二人組が真剣に勝負を繰り広げている。どうやらダーツバーのようだ。


「ロー!久しぶりだな!!」
「ああ、仕事が忙しくてな。元気だったかコラさん」
「おう、おれは元気だ。仕事忙しいのは分かるけどメールの返事くらいくれよ〜寂しいだろ?・・・んんんっ!?」

カウンターの中から私を見つけるなり目を丸くする、コラさんと呼ばれる男性。マスターだろうか。


「初めまして、Nameと申します」
「これはこれは、初めまして。ローからは訳あってコラさんて呼ばれてるが、本名はロシナンテだ。好きに呼んでくれ」
「はい。私はローと同じ会社で働いてて、」
「あー話はこいつからよく聞いてる。ローがいつもお世話になってます」
「や、まったくですホント」
「ははは!噂通り可愛くて面白い子だな!」
「コラさん、余計な事言うなよ」
「なに良いだろ。お前が女の子を連れてくるなんて、」
「ちょっ、肩燃えてます!!」
「コラさんはドジだからな」

私よりコラさんの方がよっぽど面白いと思う。
裏表のなさげな笑顔で、ローが懐いている感じなのも分かる。お兄さんのようなお父さんのような、寛大さと包容力が垣間見えるオーラが滲み出ていてとても素敵な人だ。


「Name何飲む?コラさんは見ての通りドジだから、おれが作ってやるよ」
「え?作れるの?」
「学生時代ここでバイトしてた」

なるほど。だからこんなに打ち解けているのか。それにしてもバーテンダーだったとは、ちょっとカッコいいじゃないか。似合ってる。
せっかくだからお任せにする、とローのセンスに託し隣のコラさんとお喋りを楽しむ。


「すっごくいい雰囲気ですね、ここ」
「オーナーは兄貴なんだけどな。おれは雇われマスター」
「オーナーの名前聞いたら驚くぞ」

慣れた手つきで作業を進めるローが、さり気なく会話に参加。


「ドンキホーテ・ドフラミンゴ」
「え!?あのドンキホーテカンパニー!?」

有名な企業だ。それよりも来週我が社のアイスバーグ社長はドンキホーテカンパニーのトップ、ドフラミンゴさんと顔を合わせることになっている。新たな事業を展開するための、近年稀にみる最も重要な打合せだ。

偶然の繋がりに驚いている私を気にも留めず、しなやかな手つきでカクテルを作り出すローは結構、いやかなりかっこ良くてちょっと見惚れてしまう。似合うなあ。
シェイカーからグラスに注がれたカクテルはボルドーにブラウン味を少し足したような色で、例えるなら内に秘めた澄んだ情熱という言葉が似合う色だった。


「ありがと!いただきます」
「お、良いチョイスじゃねェか。やっぱり女性にはショートグラスでセクシーに飲んで欲しいよな!」
「コラさん。あんたは少し黙ってろ」
「なにこれ!おいしっ!」

正直、カクテルは今まであまり好んでこなかったけれどこれは美味しい。
ウォッカ系のきついアルコールをカカオのリキュールが優しく包み込んでいるようで実に飲みやすい。甘いお酒が苦手な、可愛げのない私を考慮してか甘さは多分控えめなのだろう。


「おれが作ったんだから当たり前だろ。だけどな、おれ以外といるときに飲むんじゃねェぞ」
「え?なんで?」

何も答えず自分の分を作り始めたロー。
無反応はもう慣れているので、さらに一口グラスを傾けてその味を堪能する。やっぱり美味しい。
黙って私たちのやり取りを見ていたコラさんが小さく言葉を零した。


「Nameちゃん、それはルシアンってやつだ。ローの忠告が気になるならその名前を調べてみるといいさ」
「ルシアン、ですか」

ロシア人女性の名前みたいだ。帰ったら調べてみようなんて呑気なことを思いながら、グラスを傾け続ける。
しばらくカウンターの中のコラさんと、隣のローの三人で楽しい会話を繰り広げて気付けば夜が明けそうな時間帯に突入していた。


「Nameちゃん、結構飲んでるけど酒強いな」
「そうなんですよ!普段より少しテンション上がるくらいで顔にも一切出ないんです。でも、いい感じにほろ酔いですよ、はは」
「それは手強いな。なあ、ロー」
「・・・チッ」
「なんで舌打ち?」
「うるせェ。・・・そろそろ出るか、時間も時間だしな」
「そうだねー出ようか。コラさん、今夜はありがとうございました!また来てもいいですか?」
「ああ、ローが居ても居なくてもいつでも来るといい。大歓迎だ」
「やった!ありがとうございます」

ヒラヒラと手を振るコラさんに、同じように手を振りかえしてお店を後にする。


「ロー、コラさんてすっごく素敵だね。気さくで話しやすいし」
「当たり前だろ。おれが大好きな人だ」
「また連れて来てね」
「ああ、おれが居なくても行ってやってくれ。あいつ寂しがり屋だから」


コラさんの話をすると、優しい表情になるロー。言葉通り、大好きな人なんだというのがよく分かる。誰かに懐くようなタイプじゃないと思っていたけれど、そんなこともないんだね。


「じゃタクシー拾いますか。ローは中目だっけ?私は日比谷のほうだから真逆だねー」
「おい」
「あ!止まってくれた!先乗っていいよ」
「いや、そうじゃなくて」
「じゃあ私先乗るよ?」
「おい待て、」
「大丈夫だよ酔ってないから。じゃあまたね、今日は本当ありがと!お疲れー!」


とっても楽しい金曜の夜を過ごし、土日はジムへ行ったり友人と会ったりなどそれなりに忙しくも充実した休日を終え、月曜の朝を迎えた。
会社の最寄り駅から歩いている途中、角から出てきたサッチと出くわす。
他愛もない話をしていると今度はローが現れたので、朝の挨拶と金曜のお礼を述べると不機嫌に眉を潜めて、ふいと背を向けてしまう。
何事だ?と呆気に取られていると、今度はエースが現れた。


「Name、サッチおはよう!」
「エース。おはよう」
「なんだエース。こんな早くに珍しいな」
「早起きしちゃ悪ィかよ。あ、ローおはよう!・・・おまえなんで怒ってんだ?」
「うるせェ。朝からまとわりつくな」
「「「・・・・・・!!」」」

しょんぼり肩を落としたエースと、変わらず堂々と歩みを進めるロー。二人の背中を見つめながら何故か冷や汗をかく私とサッチは、触らぬ神になんとやらの如く自然と歩幅がスローペースになる。


「なんでまたこんなにも不機嫌・・・」
「さあ・・・放っておくのが一番だろ・・・それより金曜ローに何かしてもらったのか?お礼言ってたけど」
「あ、そうそう。金曜の夜ローと飲みに行った」
「えーなんで誘ってくれねェの?」
「あんた終業時刻ぴったりに出てったでしょうが。・・・あ!今思い出した!サッチなら分かるかな!?」
「なにが?」
「金曜、ローが昔働いてたバーに行って自らシェイカー振ってカクテル出してくれたの」
「へ〜なんかあいつそーいうの似合いそうだな」
「で、その名前を調べるといいってマスターが言ってて。私調べるの忘れちゃったんだよねー今思い出した」
「なるほど。なんてやつだ?」
「・・・なんだっけ」
「おい」
「確かロシアの名前っぽいやつ・・・えーっとロシアンじゃなくて・・・」
「まさかルシアン?!」
「そうそれっ!」
「おま、無事まっすぐ家に帰ったのか?!」
「?もちろん」
「一人で、だよな?!」
「え?うん。お店の前の通りでタクシー拾って解散したよ」
「・・・ぶっ、はははは!」
「なになに?なんで笑うの?」
「ローの不機嫌の理由は、Name。おまえだ」
「え!?なんで!?」

世の中にはレディ・キラーカクテルというものが存在すること。
それらはとても飲みやすい口当たりだが、アルコール度数が非常に高いもので男性が女性を口説きたいときに進めるカクテルのことらしい。
ローが作ってくれたルシアンは、そのレディ・キラーカクテルの一種に入っている。
つまり分かるな?と説明を終えたサッチは、まだお腹を抱えている。


「・・・まじでぇええ!!??」
「おまえ酒強いもんなーはははは!!ローの奴が不憫でならねェわ!ははっ!」

to be continued.

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