Attention on Friday afternoon

「誰か助けてー・・・PCの調子が悪くて仕事にならなーい・・・」

追込み日だからか、私の声は誰にも届かずフロア内はひたすら慌ただしく騒がしく、そして殺伐としていた。
思い通りに動いてくれないPC様に小一時間ほどお手上げ状態。個人的には特別急ぎの仕事もないし誰か手が空けば見てくれるだろうという考えに至り、もういい加減諦めようとため息を吐きながら椅子の背もたれに寄りかかった。
すると背後に気配を感じ、会議が終わったルッチあたりでも来たのだろうかと振り返れば。


「皆忙しそうにしてるってのに呑気なもんだなァ」
「!!マルコさん!お疲れ様です!や、その、PCの調子がっ」


決してサボってるわけじゃない!誤解を解くための説明を言い終わらないうちに、マルコさんはディスプレイを覗いてくる。
「あーこれなら分かるよい」と呟いたものだから、どうぞここに座って見て下さい!の意味を込めて立ち上がろうとした瞬間。

なんと、なんと。
マウスを握っていた私の手に、マルコさんの手が重なってきたのだ。
咄嗟のことに全身は見事に硬直、全神経が右手に集まって心臓が爆発しそうなほど速まっている。
先日エントランスの階段で手を取ってくれた時も触れたけれど、それとこれとではまったく違う状況。



「1回これを消して・・・ここを開いて・・・」

何も耳に入らないし何も理解出来ない。とにかく私の意識はこの重なった手にしかいっていないのだから。
頭上にあるであろうマルコさんの顔と、背後から伸びた腕はまるで抱きしめられているように錯覚させ、大きな手は私の手をすっぽり隠し上から器用に動かしてクリックボタンを押していく。熱くも冷たくもない、伝わってくる体温。このドキドキが伝わっちゃったらどうしよう!なんてことを思い、さらに焦る。

ほんの数十秒の時間が何時間にも感じて、再び自分の手の甲が見えた時には妙な安心感を覚えた。



「なに固まってんだよい」
「!いえ、何もそんなことは・・・だって手!手がっ・・・!」

もう訳が分からない。否定しようとしたりぶっちゃけてみたり、なんなんだ自分。


「再起動したら、直ってるはずだよい」
「あ、ありがとうございます!」
「そうだName、昼飯食ったか?」
「まだですけど・・・」
「じゃ行くか」

嘘でしょーー!!!
ちょっと待ってちょっと待って今日の服あんまり気に入ってないしその前にメイク直したいしこんなことになるなら昨日パックすれば良かった・・・!
ていうか何食べるの?!それより何話すの?!どうしようどうしよう!!


「おい」
「・・・・・・」
「おいName」
「!はいっ」
「何か予定でもあるのか?」
「まさか!!」
「じゃあおれはルッチの奴に用事があるから、10分後にロビーで」
「分かりました!」

よ、よし・・・今から飛び出せばメイクと髪くらい直せる。
平常心を装って荷物を取り、フロアを出た瞬間猛ダッシュして化粧室に駆け込んだ。途中カクとエースとすれ違って何か話し掛けてきたけど、そんなもん思いっきり無視だ。


「待たせたよい」
「いえ!お疲れ様です」
「そこの角を曲がった裏道に、いい店があるんだ」
「わあ、楽しみです!」

エントランスを出たところで、外出帰りのサッチに出くわした。

「おーマルコ。いい秘書連れてんなァ!」
「だろい?」
「あはは。お昼行ってくるね」
「え?!おれ誘ってくれねェの?!」
「おまえは邪魔だよい」
「またねサッチー」



◇◇◇◇◇◇◇◇

外装、内装ともにレトロで雰囲気のある洋食屋さん。近頃はやたら洒落たお店ばかりが増えるので、こんな素敵なお店があったとは驚きだ。
オーダーを終えると、綺麗に着こなしているディースクエアードの内ポケットから煙草を取り出したマルコさん。


「吸って大丈夫か?」
「もちろんです!」

初めて見る喫煙姿は、マルコさんの雰囲気をさらに色っぽく見せるような気がしてまた胸が高鳴る。
そういえば、先程のオフィスでの行動は一体何だったのだろうか。マウスを持った私の手の上に、また手を重ねるなんて普通はあまりしないはず。
からかわれてる?それとも無意識?


「Nameは、休みの日は何してるんだよい」
「あ、えーと、ジムに行ったり友達と買い物や飲みに行ったり・・・家でのんびりする時はDVDとか観てます」
「へェ。結構忙しそうだなァ」
「マルコさんは?」
「おれはほとんど仕事ばっかりしてるから、いざ休みになると何していいか困っちまうんだよい」
「あーそういう方、結構いますよね」
「ジムは仕事帰りに行くから、休みは寝て過ごすか・・・散歩行ったりってところだなァ」

彼女はいない感じかな?と、胸を撫で下ろしてしまう私がいる。憧れの人とはいえ、誰か相手がいるとなると結構ショックなものだから。


「Nameみたいな子でもいれば良いんだけどねい。彼氏はいないのか?」

ちょっとおおお!!!
またそんなキラーパスをををを!!
どういう意味?!狙われてる?!


「い、いないんですよ・・・はは・・・」
「じゃあ今度は休みの日にでも誘うとしようか」
「!ぜひぜひ!!」

ダメだ、最近この人といると心臓がもたない・・・!!
そして分かった、マルコさんて何を考えているのかよく分からない人だ。不誠実とかそういうわけではなく、どこまでが本音でどこまでが建て前なのかよく分からない。
分からないから、変な期待はしないことにしよう。
ぜーんぶ大人のリップサービス。そう思っていれば気も楽になる。はず。

運ばれてきた料理を食べながら、マルコさんは「うまいだろい?穴場なんだ。誰か連れて来たくってよい」なんて笑顔を見せるから、早くも決意が揺らいで仕方ない。

to be continued.



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