星が謳う夜

企画が終わり、しばらく落ち着いた日を送っていたからで久々の残業だった。
昼間とは違う静まり返ったフロアには私の他にカクがPCと向き合っていて、そこから少し離れた場所でサッチとマルコさんが立ち話をしていた。マルコさんは今から少し前にふと姿を現し、社長もとっくの前に退社してるのにこんな時間に珍しいなと思ったけど、きっと個人的な用か何かだろう。
気にせず、いや、気にしないようにして画面と向き合いキーボードに指を這わせる。


「Name」
「マルコさん」
「聞いたよい。企画が一段落したんだろい?」
「そうなんです!成果はまだ先ですけど、とりあえず安心してます」
「きっと上手くいくよい」
「ありがとうございます」

笑ってみせると、マルコさんも同じように笑ってフロアを出て行ったので背中を見送り、再び画面に向き合う。
少しすると向こう側に影が現れたのでまた顔をあげると、サッチが真剣な表情で私を見下ろしていた。

「なあ。お前それでいいの?」
「なにが?」
「は?まさか知らねェの?!マルコ明日から海外出張だぜ!?」

「三年間」
その言葉を聞いて頭が真っ白になった。


「え・・・なに、だって、うちの仕事、」
「馬鹿・・・!今の時代、ンなもんオンライン上のやり取りで済むだろ!?」

じゃあ三年も会えないってこと?
確実に帰ってくるの?
もう会えないかもしれない?


「Name悪い、おれもう黙ってらんねェからこれだけ言わせて。早く追いかけろ」

私の中のなにかが動いた。
立ち上がり、走ってフロアを出る。
エレベーター三基のうち二基は最悪なことに点検中で稼働してない。残る一基は表示を見るかぎり、マルコさんを乗せてエントランスに降りている途中だ。
無駄にスイッチを連打する。
表示が一階部分で点滅し、数字が上がってきたと思ったら途中ですぐに止まってまた下へさがっていく。
誰かに先を越された。
いつまで待っても来やしないエレベーターを諦め、階段のほうへ走る。
曲がり角から、何処に行ってたのかちょうどルッチと鉢合わせてしまう。


「まだいたのか。ちょうど良かった、昨日社長と話した件で・・・」
「ルッ・・・!」
「・・・どうした」
「・・・・・・マ、マルコさんが、」

拙い言葉しか出てこなかったのに、それでもすべてを察してくれた。一言「行け」と告げて道を開けてくれたルッチ。本当にごめん。本当にありがとう。

馬鹿みたいにうるさい高音を響かせて、なり振りかまわず階段を駆け下りる。
早く、早くしなきゃもう会えない。
想ってるだけでいい、なんて、あんな痛い経験をしても私はまだ素直じゃなかった。
もう大人ぶるのはやめるし、プライドも捨てる。
素直になるから、お願い。
マルコさんにもう一度、いま、会いたい。
堪えきれない感情は涙になってぽろぽろと零れた。
途中でマノロを脱いで片手に抱え、やっとの思いで一階に到着。
真っ暗なエントランスを駆け抜けると足裏から伝わる冷たい大理石の感触。そこを抜けると、今度は冷たいコンクリートの感触。

暗闇の先に、探していた背中を見つけた。


「マルコさんっ・・・!!」

立ち止まり、何回か肩で大きく呼吸をすると静止した背中。


「あのっ・・・!」

距離があるので叫ばなければ私の声は届かない。
何を言おうかなんて考えてなかったけど、伝えたい、伝えなければいけないことはひとつしかない。


「マルコさんっ・・・!私!」

止まっていた背中は、傍に止めていた車に気持ち足早に向かって消えていった。
聞きたい話なんて無いということだろうか。そりゃそうだ、自分より仕事を選んだ女から今さら聞きたい話なんて無いに決まってる。

未だ整わない呼吸を落ち着かせるように、抱えていたマノロを手から離してうずくまり膝を抱えた。
込み上げてくる思いに溜まらず嗚咽をこぼす。
やっぱり恋愛は仕事よりずっと難しい。
仕事なら、経験重ねて知識や知恵をつけて年月が経つにつれどんどん上達していく。それなら恋愛だって同じように経験重ねて、知識も知恵もつくのだから昔よりずっと上手くやれるはずなのにどうしてだろう。上達どころかどんどん下手になっていく。
昔は素直になれなかったところが、今は素直になれて。昔は素直だったところが、今は素直になれなくて。
私はいつのまに変わってしまったのだろう。そろそろ本当に自分を嫌いになってしまう。




「Name」

こんな私を認めて、包み込んでくれるように穏やかであたたかい。
やさしく名前を呼ぶその声は、ずっと求めていたものだった。
顔を上げると、困ったように笑っているマルコさんが立ち尽くしていた。

「マルコさん、あの私っ」
「うん」
「マルコさんが好きですっ・・・!」

やっと、やっと言えた。
今さらだけど伝えたかった。変なプライドとか理屈とか、どうでもいい。私はマルコさんが好きだ。


「これ」
その手には、いつか一緒にお店に行って欲しがっていたマノロが掲げられていた。

「・・・それ、」
「あの翌日買ったんだよい。本当はあの日・・・夜景を見たあとに渡すつもりだったんだがねぃ」

まァレストランに夜景に、あれは気取り過ぎたよい。失敗したのも無理ねェ。
自分のことを馬鹿にするように笑って、そっと膝まづくマルコさんは私の足元にそのマノロを近づけた。


「これも気取り過ぎか?」

今度は下から見上げるように笑ってみせたその姿に、思いきり抱きつく。


「マルコさん、好きです。好き」
声になっていない声。

「おれも好きだよい。ずっと想ってた」
遠慮のない、力強く抱き締められる感触。


本当だったら緊張してしまいそうなのに、不思議と気持ちは安らいだ。
今まで抱えていたものがすうっと消え、代わりにやさしい気持ちで満ちていく感覚。この腕の中だけ特別な魔法みたいなものが掛かっているように思えてしまう。


「ははっ、泣きすぎだよい」
「だって・・・!私ずっと自分の気持ちに気付けなくて・・・ほんとにごめんなさいっ・・・」
「謝んなくていいよい」
「三年も、会えないかもって思った途端、」
「三年?」
「明日から三年、海外出張ってサッチに聞いて・・・私知らなくてっ」
「あー・・・・・・一週間だよい」
「え・・・?」
「一週間で帰る」
「はっ!?」
「サッチあたりが煽ったんだろい?感謝しねェとなァ」

じゃあどこにも行かないんですかっ?!驚きのあまり顔を上げて叫ぶと「どこにも行かねェよい」と髪を撫でてくれた。
安心してまた泣き出す私。可笑しそうに笑っているのが振動で伝わってくる。


「他に質問は?」
「質問・・・あ、そうだ経理の・・・」
「噂でも耳にしたか」
「はい・・・食事に、行ったって聞いたし・・・この前二人で歩いてるとこ見たし・・・」
「何もねェ。どう聞いたかは知らねェが、食事は経理課の連中みんなで行ったんだよい。この前のは、駅まで一緒に歩いただけだ」

回した腕に力を込めると、回された腕の力も強まった。
やわらかくて甘いマルコさんの香り。あたたかい体温。力強い感触。

「マルコさんのぜんぶ、」
「うん」
「私にください」

うわああと色気のない泣き声をまたあげる。そこに重なる笑い声。


「そろそろ泣き止んでくれよい。悪いことしてる気になる」

はじめは、なにかを確認するようにやさしく、みじかく。
それからは少しつよめに、お互い夢中で、これまでの境界線を消すように。
もう言葉は何もいらない。優しい口付けが愛を語るから。


星が謳う夜、空は輝きに満ちていて
あなたへの愛を誓った



complete. あとがき

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