Tragic factor.

他より頭ひとつぶん飛びぬけ、姿勢よく前を見据えて歩く姿はいつ見ても綺麗だ。
会社近辺とはいえ、街中で知ってる姿を見つけると何だか嬉しくなってしまう。

「ルッチ!お疲れ!」
「どこで遊んできたんだ」
「ドフラミンゴさんのところ。社長のおつかい」

返事はないけど聞いてるのは間違いない。
会社までの道のりは、ちょうど定時を過ぎていたこともあって何人かの社員とすれ違っては挨拶を交わして。
すると見覚えのある姿が二つ、向こうから歩いてくるのが見えて一瞬全身が硬直した。


「ル、ルッチ、私そこでコーヒー買ってから帰るっ」
「コーヒー?うちのロビーにあるだろ」
「いいから・・・!」

慌てて右側にあったコーヒーショップに飛び込むと、「いらっしゃいませー」と店員の挨拶が店内に響いた。今の私には嫌味のようにやたら明るく、呑気に聞こえる。
強く波打つ心臓を落ち着かせるよう胸に手を当て、レジ待ちの最後尾に並ぶ。怪訝な顔をしながらルッチが店に入ってくるから咄嗟に言い訳を考えた。

「喉、渇いちゃった。ルッチなに飲む?奢る」
「バカヤロウ」

すべてに気付いたという目をしていた。
その鋭いまなざしから逃れるよう奥の通りに視線を逸らすと、ガラスの向こう側でマルコさんと経理の彼女がほほ笑みながら横切っていくのが見えた。
不意を突かれたうえに実際目の当たりにすると、頭を殴られたような衝撃。息苦しくなる感覚。
いつのまにかルッチも同じ方向を見ていた。

「・・・もう此処に用はないな」
「・・・・・・う、ん」
「飲みに行くぞ」
「え?」
「今日はもう終わりだ」
「ちょ、待ってまだ戻って仕事・・・!」
「おれと飲みに行くより大事なことなんてないだろ」

半ば無理やり、そこから二軒先のバルに連れこまれた。開店してすぐの時間なのか、店内は人もまばらで静か。私は気まずい気持ちを抱えながら、カウンターに座るルッチの隣にゆっくりと腰を下ろす。


「で、お前は何故そんなに落ち込む」
「・・・ねえ私やっぱり仕事が、」
「黙れ。質問に答えろ」
「落ち込んでなんかないって」

仮にも私を好きだと言ってくれているルッチに対して、この話を打ち明けるのはあまりにも失礼だ。そう思い戸惑っていると、それすらをも見透かして。

「良いから話せ。おれの心配はしなくていい。聞きたくて連れて来たんだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・マルコさんが私を・・・好き、だって」
「ああ」
「付き合えませんって言った。・・・マルコさんへの気持ちは憧れだし、仕事、大事なときだし」
「ああ」
「・・・でも私から離れていくのを実感した途端、なんか、こう、つらくなっちゃって」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「認めろ」

他には何もしなくていい。その気持ちを認めてやるだけで、楽になる。

促すような、穏やかな声を聞いて私は気付いてしまった。もうこれ以上自分をごまかすのは無理。
デスクで初めて手に触れたとき。ランチに行ったあの日。泣いて落ち込んでいたときは欲しい言葉で励ましてくれた。街で手を繋いだときも、資料室でマノロを履かせてくれたときも。一緒に休日を過ごして、あの腕の中で綺麗な街を見下ろしていたとき。
どの瞬間もたぶんずっと私はマルコさんが好きだった。憧れなんてものはとっくに飛び越えていた。


「ごめんルッチ、ごめん・・・」

溜まりに溜まっていたものはついに涙となって外に溢れ出す。
最低な女だ。ルッチの気持ちを知っておきながら他の男のことで涙を見せるなんて、最低だ。
ひどい自己嫌悪と、後悔と、嫉妬と、言い表せないあらゆる負の感情すべてが胸を埋め尽くして、蠢き、涙に変化する。
十分なのか、一時間なのか、どれくらいそうしていたのか時間の感覚は分からなかったけれどルッチは何も言わず、ただただ隣にいてくれた。慰めることも、罵ることもせずに。



「落ち着いたか」
「・・・う、ん」
「化粧直してこい。酷い顔だぞ」
「はは・・・そうする」

ルッチの言うとおり、ひどい姿の自分が鏡に映っていた。メイクは落ちて、目は腫れ上がり、髪もボサボサ。どうしようもない姿。どうしようもない私。化粧室にまで流れてくる陽気な店内BGMはあまりにもミスマッチで、鏡を見たまま思わず笑ってしまう。これで良いのかもしれない。自分の正直な気持ちを受け入れてあげよう。
今さらマルコさんに何かを言おうとは思わないし、そんなことを言う資格すらない。あまりにも馬鹿な結末を迎えてしまった恋だけどこれからも密かに想うこと、それだけは許してほしい。
そう考えると気持ちが楽になった。




◇◇◇



マルコさんとは業務的で良好な関係が続いている。
仕事以外の会話は「相変わらず忙しいか」とか「無理すんなよい」程度で、私はそれに笑顔で返事とお礼を述べるだけ。
この笑顔を私だけのものすることはできないんだ。そんなことを思って苦しさと悲しみが体中を走り回り、またひどい自己嫌悪に陥り、愚かな自分が情けなくて悔しくなるけどそれもまた自業自得。仕方のないこと。
経理のあの子との仲はどうなったのか知らない。耳に入らないように気を付けていたこともあり、噂話はまったく私に届かなかった。



「Nameーーーーーーっ!!!」
「サッチーーーーーーーっ!!!」

いつかのように抱き合って、互いを労う。
今日ついに、サッチと動いていた例の企画が実施された。成果をはかるのはもう少し後になるものの、数か月の重圧にいっきに解放される日。自信はあった。そう言えるほどの努力を、チームの誰もがした。私に至っては恋までも捨てたのだから。
なんてこの頃は、心の中で自虐できるくらいには気持ちの整理がついていた。


「じゃあとりあえず、サッチとNameお疲れさんってことで!」
「なんでお主が仕切るんじゃ」
「っせェな・・・あっ、おいエース!まだ食うんじゃねェ!!」

サッチと私、ルッチ、パウリー、カク、エース、ロー、キッド、そして社長といういつものメンバーで打ち上げという名の食事に来ていた。
乾杯が済めばもう大騒ぎ。酔って鬱陶しさが増したパウリーやカクが絡みにくるから追い払って、アイスバーグさんの隣でそのグラスの様子を確認しつつ食べて飲んで喋って。


「ンマー・・・まさかおれの方の仕事と完璧に両立するとは思ってなかった」
「だって誰かに任せて、私より良いと思われたら嫌ですもん。あーこのお肉美味しい!」
「つらかったか?」
「正直大変でしたよっ・・・!」
「ははっ。ずいぶん吹っ切れた顔になったな」
「え?」
「ンマー途中から死にそうな顔してたぞ」
「社長まで・・・!」
「何とは聞かねェが・・・何かあったんだろう」
「そうですね」
「恋愛か」
「おもいっきり聞いてるじゃないですか」

騒ぐ連中を横目に、残っていたサラダを社長のお皿へ取り分ける。
私は否定も肯定もせずに続けた。


「不思議ですよね社長。恋愛って仕事と真逆のところにあって、仕事よりずっと難しいです」

仕事なら、自分がやるべきことや正しい判断をするための的確なアドバイスがいくらでももらえる。努力をすれば、後輩や同僚、社長、多くの人に認められ、そして評価をもらえる。
じゃあ恋愛はどうしたら正しい判断のためのアドバイスがもらえる?努力をしたら誰が認めてくれる?誰が評価をしてくれるの?
歳を重ねて、いろんなことを経験してきた。それなりの恋愛マイスターを気取っていたけど、とんでもなかった。愛だの恋だのは私にとって圧倒的に未知なものでしかなかった。


「ンマー・・・お前はよくやってくれてる。本当に感心してるんだ」
「ありがとうございます」
「そろそろ自分の素直な気持ちに従っても罰は当たらねェと思うぞ」

ルッチやシャンクス社長と同じく、この方も私をすべて見通しているのだろう。上に立つ人というのは実に聡明で、人をよく見ている。


to be continued.
thanks/たとえば僕が



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