act first, talk later
(however, well done is better than well said)

ロビーにてエレベーターを待っていると後方から革靴の音が。
出社時間より幾分早く、周囲はさほど騒がしくないため私が振り向くのに時間は掛からない。
雰囲気のあるヘアスタイル、長身と整った顔立ちに細身のアルマーニがよく似合い、ポケットに手を掛けて堂々と歩いてくる姿はランウェイからそのまま降りてきたメンズモデルだ。

「おはようルッチ、早いね」

ああ、と一言のみ。表情で気付いてたけれどご機嫌ナナメのようだ。
私が手に持ったトレイには、先ほどロビーの端にあるコーヒーショップで買ったものが4つほど収まっている。そこからブラックコーヒーを抜き取って渡しても当然かのように掴むだけで、ウンともスンとも言わない。
わざとらしく肩を竦めてみせても無反応。
慣れているから何とも思わないけど、知り合って日の浅い人ならこの失礼極まりない態度に怒りを覚えるだろう。(私も最初はそうだった)

無口なうえに無表情でとっつきにくい男だけれど備えた実力は相当なもので、社のナンバー2に最も近い男、副社長や次期社長だなんて周囲から言われていることを本人は知っているだろうか。
さて、そんな彼を今回怒らせたのは一体どこのどいつだろう。
候補が居すぎてさっぱり分からない。
私の心中を察したかのようにルッチは低い声で呟いた。

「キッドの奴がまた無茶しやがった。おかげで今日は尻拭いだ」

ああ、一番身近な奴だったか。



「あの子の無茶なんて可愛いもんよ。私は気分屋の社長の尻拭いだよ!?キャンセル、キャンセル、キャンセル!この会社の将来が不安で仕方ないわ」

もう、とため息を吐いたところでエレベーターに乗り込んでフロアに着くと、キッドが気怠そうにPCと向き合っていた。いつもは始業ギリギリに来るのに、きっと彼なりの反省だろう。



「ほらね、可愛いもんじゃない」
「…………」

トレイからエスプレッソを抜き取り、ルッチに渡す。私が指示をしなくとも、間もなくキッドの手中に収まるだろう。




◇◇◇



秘書室なんて立派なものはなく、業務円滑のため一般社員と同じフロアに私のデスクは置いてある。
本日のメールチェックやスケジュール確認をしているとひょっこり現れた人物。


「おはよー」
「おはようさん。今日も綺麗じゃのう」

にこにこしながら褒め言葉をくれるカクは私の癒しキャラだ。


「ありがと!そんなこと言ってくれるのはカクだけだよー」
「皆照れて言えないだけじゃよ」
「……で、なにが望みなの」
「おー分かっとるのう」
「わざとらしいのよ」
「でも本心じゃ。ワシャ嘘は言わん」
「当然でしょ。で、なんなの?」
「ワハハ!Nameには敵わんわい。相談なんじゃが、今日のどこかで社長の時間小一時間ほど取れないかのう?打合せしたいことがあるんじゃが」
「んー待って。そうだなあ難しいなあ」
「頼む、どうしても今日時間が欲しいんじゃ・・・!!」
「うーんココならなんとかいけそうかも。何時でもいい?」
「ああ構わん」
「夕方4時、ならどうにか組めるかな」
「助かった!持つべきものは有能で美人な秘書じゃのう!」
「じゃ後でご飯よろしく!美味しいスペイン料理店見つけたんだけど高いからマメに行けなくてさー」
「まさか足元見おったか?」
「ん?何か不満なら4時はキャンセルする?」
「いつがいいかのう、スペイン料理」
「あとで連絡する!」

よし、職権乱用大成功。
腑に落ちないながらも安堵の顔でカクはデスクに戻り、必要書類やタブレットPCを持ってミーティングに出るべくすぐに部屋を出た。
これは毎朝社の主要人物のみ参加するもので、時間もそれほど長いものではなく業務連絡などを済ませる程度。
私もそろそろ社長室に行かなくてはいけない時間だ。



「おはようございます、社長」
「ンマーおはようName」
「今日はこれからのミーティング後取材が1件、お昼は会食があり、2時から社内でウェブ会議、以降空いた時間はデスクワークや社員と個別の打合せ、来客の予定が多々入ってます」
「ンマー全部「キャンセルしません!!今日は絶対にダメです。社長が働きやすいように、こんなゆとりあるスケジュールを組んでるんですよ!?とにかく今日は引きずってでもこなして頂きます。さっ、私は先に会議室に行きますね。全員揃ったら内線しますから」



日の当たる窓際であくびをしているエースは、私のお気に入り。

「エースおはよう」
「おう、おはよう!なァ腹減ってんだけどなんか持ってねェか?」
「じゃ終わったら下のカフェ行こっか」
「行く行く!」

可愛い。屈託がなく、擦れていない性格で誰からも好かれるエースは私にとってカクとはまた違う癒しキャラだ。
満面の笑みを浮かべるエースの頭をファイルでバシっと叩きながら登場したのは彼の上司、サッチ。私の親友でもあり悪友でもある。

「なーに言ってんだバカ。終わったらすぐに外出っつったろ」
「やべっ、忘れてた……!20分だけ時間くれよサッチー!」
「だーめ。ンな時間ねェんだよ」
「あらー残念だねエース。また今度にしよう」
「えーーーーーー」
「えーじゃねェ」
「飯抜きで働けるかよ!おれ外出パス」
「なにがパスだ!!大体おまえはなァ!」

そろそろ社長を呼んでも大丈夫だろうか、と辺りを見回したところで異変に気付いた。


「ねえエース、ローは?」
「さあ?昨日も遅くまで飲んでたみてェだからまだ寝てるんじゃね?ははっ」
「畜生あのクソガキっ・・・昨日も遅れてきて今日もかよ!!」

彼直属の上司であるパウリーが怒りを露わにした。


「いや、あいつならもう出社しとるぞ。朝デスクにいるところを見たわい」
「なんだと!?じゃあ何処に行きやがった!!」
「舐められたもんじゃのう、パウリー」
「うるせェぞカク!」
「私が連れてくるわ」


こっちでは口喧嘩、あっちのエースはサッチにお説教をくらって、キッドはうとうと居眠り、ルッチは無言で激怒してるし朝からもう何なんだ。
会議室を出てローのスマートフォンにコールをするも、出ない。きっとデスクに置きっぱなしなのだろう。




「ちょっと!何時だと思ってんの?」

ロビー内のコーヒーショップに駆け込んで目当ての姿を見つけた。
彼は一瞬ぽかんとして、ジャケットの内ポケットに手を掛けるけれど多分探しているものはデスクに置きっぱなしだ。

「ミーティングの時間」
「悪い。つい長居しちまった」
「ついってあんた、どこまで自由人なのまったく・・・!」

早く行くよと急かしてエレベーターに乗り込む。パウリーが超怒ってると告げると「おもしれェ」そう皮肉な笑みを見せるから私の頭痛が増した。

「皆して朝から、勘弁してよねー疲れるったらないわ・・・!」
「そんなに疲れてるなら、おれがどうにかしてやろうか?」
「して下さいもっと自覚ある行動をして下さい」

短いため息と共に目を瞑って壁に預けた頭。
ふと何かを感じまぶたを開くと、鼻先には小洒落たヴィヴィアンの結び目。目の前には首筋。何事だと身を固めた瞬間、前髪に柔らかい感触が落ちてきた。
驚きで言葉になっていない声が密室に響く。


「あ、あんた今っ・・・!!なにっ・・・!?」
「疲れ吹っ飛んだか?」
「ふ、ふ・・・ざけんなァァァ!!!」
「たかがキスくらいで喚くなよ」
「はあっ!?あんたねえ、フツーそういうことする!?イカレてる!!」
「最高の褒め言葉だな」


空いた口が塞がらないとはこういうことか。でも腹の虫はどうやっても収まりそうにないしこのまま黙って見過ごす訳にもいかない。
エレベーターを降りる直前、思いっきりヒールで足を踏んづけてうめき声を出させてやった!
ミーティング中も目が合えば、舌を出して意地の悪い笑みを浮かべて舐めきった態度。本当に憎たらしい。




「パウリー。あんたローに一体どういう教育してんの?」

喫煙ルームで奴の上司である男を捕まえると、綺麗なブロンドががっくりと手前に下がる。

「おいおいName・・・お前までおれを責めんのかよ・・・!」
「手に負えない奴なのはよーく分かる。でも限度ってもんがあるでしょ?」
「な、なんだよ怖ェぞ」

周りに人がいないことを確認し、パウリーにもっとこっちへ来いとジェスチャー。


「なんだ?」
「あいつにキスされた。前髪だけど」
「なっ!!バッカ野郎っ・・・職場でンなハレンチなっ・・・!!!」

まるで自分がキスされたかのように真っ赤になるパウリーに笑えてきた。
どいつもこいつも極端過ぎる社員が支えるこの会社、本当に行く末が心配だ。


to be continued.



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -