Found myself inside your hug
今日はマルコさんと食事に行く日!なんて、ついこの前までの私なら浮かれて仕方なかっただろうに制御役がしっかり働いてるせいで、手放しで喜べるものとは程遠かった。
待ち合わせの時間まであと十五分、この交通量なら五分程度で着く。
深呼吸ともため息とも取れるような呼吸音をひとつ、タクシー内で静かについた。
「マルコさん!待ちました?」
「車降りたところだよい。Nameは?」
「同じです。いま降りました」
先日ここへ来たときはラフな姿だったけれど、今日は少しばかり正装モードで相変わらずどんな日もかっこいいから少し緊張してしまう。甘い言葉も忘れないマルコさんは流石だ。
「よく似合ってるな。綺麗だよい」
「ありがとうございます!マルコさんも素敵ですよ」
直通エレベータで最上の53階を目指す。目的地に着くと、都会のすべてを一望できる圧巻のパノラマビューレストラン。なんでも現代アートと食の融合をテーマにした新感覚のフレンチらしい。
ウエイターに案内された席に落ち着き、二人してその景色に見惚れてしまう。
「すごい綺麗ですね」
「期待以上だよい」
「でもちょっと怖いかも」
「怖い?」
「高所恐怖症なんです・・・!」
「ははっ、大丈夫だよい。落ちやしねェよ」
食前酒で乾杯をし、いつものように他愛もない話に華を咲かせる。
「そういやァ、先週レイリーさんのところに行ったらしいな」
「あ、そうなんです!社長がキャンセルするとか言い出したときはどうしようかと思ったんですけど、結局ロー連れて行ったんですよ。・・・あれ?社長から聞いたんですか?」
「いや、レイリーさんからだよい」
「え!?知り合い・・・?」
「聞いてねェか?元々アイスバーグさんとは、レイリーさん繋がりで知り合ったんだ」
「えーそうだったんだ・・・!全然知りませんでした」
「Nameのこと気に入ってたよい。今度みんなで飯でも食いに行こう」
「本当ですか!嬉しい。行きたいです」
こういう場所ならではの、ゆったりとした間隔で運ばれてくる料理。味はもちろん、アートを謳っているだけあってどれも芸術品のように美しく、時折グラスを傾けるマルコさんの妙に色っぽい仕草もアートの一部のように思えた。
そして会話は仕事の話や日常の生活にまで及ぶ。恋愛話までしてくるんだから珍しい。
「Nameは今も相手はいねェのか?」
「できたら真っ先に報告してますってー・・・」
「どのくらい一人なんだよい?」
「うーん二年近くですかね。そういうマルコさんは?」
「ずいぶんいねェよい。二年以上だ」
「はは、仕事忙しいですもんね。気になってる人とかは?」
まずい。あまりマルコさんを意識しないようにしていたことが仇になって、つい気が緩んでいたのかいつもだったら絶対に聞かないような質問をしてしまった。
答えを聞きたいような、聞きたくないような質問なら聞かない方がいいに決まってる。返事がくる前にさらっと話題を変えてしまおう。
一瞬にしてそんなことを思った。
「マルコさん、このオマール海老すごく、」
「気になってる・・・ねぃ。いないわけでもねェよい」
「・・・へえ、そうなんですね!」
最悪だよ。そして私のとぼけた返事、何なんだよ。
反省はあとだ。それ以上どちらも掘り下げることはなかったから、聞いてしまったけど聞かなかったことにしてその後も楽しく食事を進めた。
マルコさんがこの後の提案をしてきたのは、デザートを食しているとき。
「そうだこの後、上に行ってみねェか?」
「!もしかしてスカイデッキ?」
「ああ、まだ行ってなくてな」
「私もです!あ、でもチケット、」
「取ってあるよい。それより高所恐怖症の心配しとけ」
「こ・・・怖いけど頑張ります・・・!」
この高層ビルの屋上にあるスカイデッキは、オープンエアー形式の展望施設として日本一を誇るらしい。
ここまで来たならと二つ返事で頷いたは良いものの、いざ行ってみると戦慄した。開放感抜群すぎる。
オープンエアーなのでガラス越しではなく、中央にヘリポートが備わったその場所。都会の上空をめぐる夜風や空気が肌にひしひしと伝わってきて、思ったより、その、ものすごく怖い。屋上というよりもう天空とかそんな感じだ。
「ちょ、ちょっと待ってマルコさん!」
「ん?」
「これ想像以上に怖いです・・・!だってダイレクトに外っ・・・!!」
ギャアーと硬直する私を見て、マルコさんは小さく笑いながらこの手をするりと奪った。
「落ちたらどうしよう・・・!」
「あるわけねーよい」
意地悪く笑っている。繋いだ手はそのままに、ゆっくり手すりまで近づくと真っ黒い絨毯に宝石を敷きつめたかのような景色が360度広がっていて、それはそれは感動ものだ。美しさに心を奪われ、恐怖が薄らいでいくのが分かる。
「す、ごい!綺麗!!」
「まだ怖いか?」
「少しだけ・・・でも景色が綺麗だから・・・っ!」
言葉を遮り、マルコさんは後ろから私の腰元に手をまわしてふわりと抱きしめた。
「び、びっくりした!落ちるかと・・・!」
「これなら大丈夫だろい?」
後頭部から聞こえてくる楽しげな声。
うるさいくらい鼓動が跳ね上がりだしたのは、高所からくる恐怖なのか驚かされたからなのか、体の密着からくる戸惑いなのかもう全くもって分からなくなった。これが世に言う吊り橋効果というやつか。
どうしたらいい?もう、誤解されるようなことはしないと決めたのに。この腕は解かなければいけないのに。鉛のように重量を増した体はひとつも言うことを聞いてくれそうにない。
「すげェな。ミニチュア見てるみたいだよい」
「・・・ぜんぶ宝石に見えます」
「ははっ!だろうねぃ」
景色を目に映しながらも、私の全神経は密着した体に。
力強く、でもどこかやさしくて落ち着く腕の中で言葉を探してしまうのは沈黙が珍しく気まずいから。なにか喋らないと、このままどこまでも落ちていってしまうような気がして怖いのにひとつも言葉は出てこない。落ちてしまえということだろうか。こんな場所から落ちたら、怪我をしてもう二度と元には戻れないだろう。
「Name。好きだよい」
to be continued.