Two ways.
語尾にハートを何個も付けて、週末の感想をそれぞれ煙と共に吐き出す。
終業後、退社する前の一服は欠かせないリセット行為だ。
「レイリーさんすっごく素敵だった〜!!」
「女の子たちすっげェ可愛かった〜!!」
「可愛い子がいたのはいいけどさ、問題は相手にされたのかってところだと思うの」
「はっ、ナメめんなよ。毎日やり取りしてるぜ!」
「まだ二日じゃん」
くだらない言い合いをしながらエレベーターに乗り込んでロビーを抜けると、いつかマルコさんに言い寄っていた経理の子が突然「お疲れ様です」と元気な声をあげながら目の前に現れたので、私とサッチ二人して驚き気味に同じ言葉を返した。
「Nameさん、少しだけお時間いいですか?二人で話をしたくて」
「私・・・?大丈夫だよ、どうしたの?」
仕事のトラブルかと思いひやっとしたけれど、考えたら経理課のトラブル、まだ新米とも言える子がそんな話をダイレクトに私に持ち込むことはあり得ない。
とすれば、浮かぶ話題はひとつだ。
「あー・・・サッチ先に帰って」
「え?お、おう。じゃまた明日な」
「すみません、サッチさん。お疲れ様です」
二人でサッチの背中を見送り、会社の前で立ち話もなんだしということで通り沿いのカフェに入り向き合って座る。彼女はミルクティーを、私はアイスコーヒーを注文した直後に話が動いた。
「単刀直入に聞きます。マルコさんとNameさんが付き合ってる噂は本当ですか?」
「えっ?!付き合ってないよ・・・!そんなこと誰が言ってるの!?」
唐突な質問に対してはもちろん、そんな噂が流れてることにも驚いた。即座に否定をするも、目の前の彼女は表情ひとつ崩さずに続ける。
「この前、同期の子がお二人を見かけたって言ってました。夜です。その子、手を繋いでたって言ってました」
何をどう言ったらいいか分からず言葉に詰まる私。またもや彼女は続けて口を開いたけれど、今度その表情は少しだけ崩れる。
「私は・・・マルコさんが好きなので正直Nameさんがすごく羨ましいです。立ち入った話なのはわかってるんですけど、Nameさんはマルコさんのことどう思ってるのか知りたいです」
「・・・私は職場の人と恋愛なんて、これまで考えたこともないよ。マルコさんは尊敬できる憧れの存在」
事実だった。これまでの人生、職場恋愛だなんて考えたこともない。そりゃあ、素敵だないいなと思う人はたくさんいたけれど、なりふり構わず向かっていくようなことは一切したことがない。向かっていく気にもなったことがない。
なぜ?それよりも仕事が大切だったから。
会社は仕事をする場所であって、恋愛をする場所ではない。公私が自分の中で明確にわかれていたのだ。
ちょうどドリンクが運ばれてきたので、目の前の彼女は店員が去るのを待ってから口を開こうという様子だった。できるなら去らないで欲しいと思ったけれどそうもいかない。この男性にも仕事があるのだから。
「じゃあ・・・どうしてそこまで親しくするんですか?ランチに行ったりもしてますよね?」
一瞬、そこまで説明する義理はあるのかと思った。だけどこの手の女の子は一度話を拗らせると色々面倒になることがほとんどで、あまり無下にも扱えない。職場の子じゃなかったら、くだらない話だと判断しとっくの昔に席を立っているだろう。
そう、つまりそういうこと。
「恋愛感情がないなら・・・断ればいいじゃないですか」
「仕事の付き合いがある以上、邪険に扱うことはできない。そこに、私だって少なからず彼に好意的な感情を持ってる理由が加わればなおさら断る選択肢はないと思わない?私は、そうなんだよね」
内容が内容だけに、口調と表情には細心の注意を払う。決して冷たくせず、穏やかに、やさしく。やわらかく。
理解したのか否かは分からないけれど、彼女は俯き気味で不安そうに呟いた。
「・・・じゃあマルコさんは・・・Nameさんが好きなんでしょうか」
「何かと関わることが多いから、構ってもらえてるだけだよ」
今度は何も答えずバッグを手に取って静かに立ち上がり、私に向かって頭を下げる。
「・・・突然すみませんでした。なんだか、色々・・・どうしても気になっちゃって」
「ううん。お疲れ様、気を付けて帰ってね」
そのまま華奢な背中を見届けて、深呼吸をひとつ。
彼女は良い子だ。眩しいくらいにまっすぐで正直で、とても良い子。
確かに私はマルコさんに構ってもらえてることに優越感を抱いていた。単純でお気楽な性格とはいえ、あくまでも仕事上の付き合いなのだから浮かれ気分は少し慎むべきかもしれない。そう気付かされたと同時に言いようのない違和感が生まれる。
寂しいような、残念なような、何とも言えないこの気持ち。自分を抑えることで、近くに居た憧れの人が少し遠くに行ってしまうような。
まあ当然といえば当然だ。でも仕方ない。私たちは大人であり、ビジネスが繋いでくれている関係なのだから子どもみたいな我が儘は言ってられない。
テーブルにはひとくちも口を付けていない、ふんわりと柔らかく純粋な色合いのミルクティーと、仕上がりきって憎いほど鮮やかな色合いのコーヒーが寂しげにぽつりと並んでいる。どこかの女二人に似ているような気がした。
◇◇◇
「Name」
「あ、マルコさん。お疲れさまです、この前はありがとうございました!」
「こちらこそ。楽しかったねぃ」
「あーっマルコさんの顔見て思い出した!まだマノロ行ってない!」
先日一緒に行った際に見つけた靴。サイズがなく、別店で買おうとしていたものだ。
「忙しかったのか?」
「はい・・・!結構バタついてて・・・私としたことが・・・!」
「あーあー。やっちまったなァ」
「本当・・・!!あ、すみません。社長いま別室に行ってるので呼んできますね」
「了解。そのピアスよく似合ってるよい」
「本当ですか?ありがとうございます!今日初めておろしたんです。すぐ気付いてくれるなんて、さすがマルコさん」
表面上は変わらずとも、心の中に冷静なもう一人の自分がいる。どうやら浮かれ気分を制御するのが彼女の仕事らしい。なんとなく邪魔くさいと思いながらも追い出すことはできない。
でもマルコさんの滞在は十五分程だった。いくつかの書類を置いていき、社長と業務話を少ししただけ。それに少し安心する私がいた。
「ンマーName」
「はーい」
その後いつかのように、二人でソファに座って私は書類関係のチェックを、社長は足を投げ出してスマホゲームを楽しんでいるのんびりした空気だったので、書類から目を離さずに返事を。きっと社長だって画面に釘づけだ。
「この前サッチが上げた企画書は読んだか?」
「サッチの企画書・・・あ、はい!上手くやれば利益も大きそうだし、内容もすごく面白くて良いなと思いました。女性目線のことをよく考えていて、彼らしいなというか」
「そりゃあ褒め言葉か?」
「もちろんです」
「ははっ、ンマーあの企画を使おうと思ってる」
ようやく私は顔を上げる。やっぱり社長は画面を見ながら指先を動かしている。私の視線に気づいたところで、視線も手もスマートフォンから離れたけれど。
「本当ですか!サッチ喜びますね!!」
「そこでだ、Name。お前もサッチと動いてみたらどうだ?」
「・・・・・・え?」
「そんな顔するな。何も今の立場から追い出すわけじゃねェ」
「と、言うと・・・」
「ンマー、この企画はチームに必ず女性が必要になると思ってな。手を貸してやってほしい」
「私が、ですか?」
「お前は元々秘書より、現場の職人気質だろう?入社してからそこを経て、おれの隣まで伸し上がってきた。ンマー久しぶりに思いっきり暴れてみろ」
「・・・保護してた野生動物を解き放つって感じですね」
「ははは!似たようなもんじゃねェか」
「もーひどいなぁ。でも・・・・ありがとうございます!やらせていただきます」
「企画にどの程度まで関わるかは、お前に任せる。こっちの仕事をこなせる範囲で向こうに携わるも良し。逆に、向こうに集中したければこっちの仕事は調整して減らすか代理をたてる。明日までに自分の方針を決めて報告してくれ」
「かしこまりました」
「ンマーこれからサッチにも話す」
「はい、すぐに呼びますね」
はっきり言って興奮した。現場仕事は正直ものすごく好きだ。それが、自分の好きなジャンルで動こうとする企画チームに、まさか今になって入れるなんて思ってもいなかったから。
「サッチーーーーー!!」
「Nameーーーー!!」
ひととおりサッチにも話が届き、社長がいなくなった途端二人で喜びのあまりがっちり抱き合う。こんなふうに目一杯喜びを分かち合ったのはサッチが今の立場に昇進したとき以来だ。
「やったね!!こんな大きい企画通しちゃうなんてすごいよサッチ!」
「お前がいれば心強いってもんよ!!」
「頑張ろうね!!」
「頑張ろうな!!」
意外にもサッチは悩みを持っていた。ルッチや私とほぼ同期にも関わらず、大きなキャリアアップというものが得られないと。私たちから見ればサッチは充分なキャリアを持っているし、何に不満があるのかとも思えるからきっと人一倍向上心が強いのだろう。
ようやくこれで・・・いや、まだまだ彼の満足には程遠いんだろうな。
「あ、そういやどーすんだ?明日には返事しなきゃいけないんだろ?」
「どっちもやるよ」
「へ?」
「社長の方の仕事も、今まで通りやる。企画もやる。どっちかを疎かにすることはしたくない」
「冗談だろ?寝る間を惜しんで働くつもりか?」
「社長は多分私を試してる。ただ面白がってるのか、他の意味があるのかは分からないけど」
「だから、やってやろうってか」
「何より楽しそうだもん。会社に寝泊まりする覚悟はばっちりだよ!」
「おれパス」
「そこは付き合おうよボス」
「ボス?!・・・おう、おれについてこい!」
「単純なボスで良かった」
to be continued.
thanks/ウィジー