Night after night.
黒塗り高級車の後部座席。
隣にはこれまた黒に塗れた仕事仲間がいて、とある場所へと向かっている。
事の発端は三日前の打合せ後に起きた。
◇◇◇
「ンマー、Name。週末の例のイベントはキャンセルだ」
「ちょっ・・・嘘ですよね?!私楽しみにしてたのに!!」
多岐にわたるジャンルで活躍する有名アーティストのシルバーズ・レイリーが、アパレル事業に進出するということでそのPRイベントが開催される。アイスバーグ社長は昔から個人的に彼と親しい仲らしくそのイベントに招待され、私も同伴で出席させてもらう予定だった。
華やかな場所に行けるのはもちろん、なによりシルバーズ・レイリーに会えるを楽しみにしていた。品のある佇まい、初老ならではの貫禄とスマートで知的な雰囲気、雑誌で見かけるたびにうっとりしていたのだ。
「キャンセルなんてダメ社長!」
「あの爺さんにはいつでも会えるんだ、別にいいだろう」
「私が会いたいんですよっ・・・!」
「ンマーお前は行ってくればいい」
「一人で!?心細すぎます」
「誰か連れて行けばいいだろう。ンマールッチ、来週末空いてるか?」
「どうにかして空け「ルッチはワシと出張じゃよ」・・・・・・」
「ンマー・・・サッチは?」
「おれそーいうのパス。合コン入ってるし」
「ローはどうだ」
「・・・行く」
◇◇◇
というわけで、ローと二人での出席が決まった。
車を降りると、大規模なものではないけれど業界内では注目されているらしく、いくつかのカメラマンが建物の前を陣取っていた。幸い、こういった場はアイスバーグさんと共に何度か経験しているので勝手は分かっている。
会場に入る前にフォトセッションに応じ、ブランド名が入ったパネル前で私とローはお互いの腰に手を添え、正面のカメラマンたちに視線を送った。
「なんかあんた・・・妙に慣れてない?」
「昔モデルやってた」
「まじで」
「お前はモデルやってたようには見えねェが」
「どういう意味よ。私は学生時代アパレル会社でバイトしてたの。もちろん裏方だけど、撮影でモデルちゃんのことよく見てたから」
「ああ、成る程」
「それにしてもなあ・・・ローがJ・クルーニーだったら完璧なのに」
「おれの台詞だ。お前がJ・ロペスだったら完璧なのに」
にこやかに笑顔を向けながら、まさかこんな会話をしているなんて誰も思わないだろう。
寄り添っていた体を離し、会場内に入る。中は様々なファッションアイテムたちがモードかつ斬新にディスプレイされていて、さすがレイリーさんだと感激せざるを得ない煌びやかな空間に仕上がっていた。
ウェルカムドリンクを片手に会場内を回っていると、奥からお目当ての人が出てくるから興奮せずにはいられない。銀灰の髪はダウンライトに美しく照らされていて、まるで神様とか崇高な何かに思えてしまう。
まさかこんなに早く鉢合わせるとは思っていなかったので心の準備が整っていなかった。咄嗟に後ろを振り返り、私とは対照的に表情を一切崩さないローに向かって助けを求める。
「どーしようロー!!レイリーさんこっち来るしかも隣にシャッキーさんまで!超綺麗どうしよう!」
「落ち着け。ただの爺さんだ」
「なっ・・・!」
聞き捨てならない台詞に反論しようとした瞬間、真後ろで穏やかな声が響いた。
「これはこれは。アイスバーグのところの美しいお嬢さんじゃないか」
飛び上がりたい気持ちをぐっと堪えて、決心。そのまま振り向けば、夢に見た人の姿。
「レイリーさん、初めまして。Nameと申します。この度はアパレル業への進出おめでとうございます」
「ありがとう。この歳でもまだまだやりたいことが沢山あってね」
「とても素敵です。まだ少ししか拝見していませんが、どのアイテムも魅力的で・・・オープンの際は駆けつけようと思いました。それと、ありきたりで申し訳ないのですが私レイリーさんのファンなんです」
「ありがとう。こんな若い子にそう言ってもらえると自信が湧くよ」
「ふふ、良かったわねレイさん」
「シャッキーさんも紙面で見るよりずっとお美しくて、正直今とても緊張してます。お二人は私の憧れです」
「どうもありがとう。思ったとおり良い子ね。うちで働かない?なーんて言ったらアイスちゃんに怒られるかしら」
「はっはっは!それはさすがに彼も怒るよ。敏腕だって聞いているからね」
気さくで美しく、洗練されていて、まるで洒落た外国映画のカップルがそのまま飛び出してきたようだった。ローとも挨拶を交わし、談笑を交えながらしばらく四人で会場内を回り、次はゆっくり食事でもしようと連絡先を交換してお二人は別のゲストの元へ。
「あー緊張した・・・!ロー、私変じゃなかった?!」
「借りてきた猫だったな。上品ぶりやがって」
「そこは礼儀だよ礼儀」
それからは改めて会場を回ったり、別のゲストと話をしたり、レイリーさんの御礼スピーチを聞いたり等しているうちにあっという間に時間が経った。そろそろ帰ろうと切り出そうとしたとき、ふと空腹を感じる。フィンガーフードを少々口にしただけ、というのもあるだろうけどリッチなものを食べると無性に庶民的な味が恋しくなる。いつだったか友人と値が張るディナーに行った後や、デートでお上品な食事をした後は帰宅前にコンビニで鮭おにぎりと豚汁を買って帰るような女だったことを思い出した。
今日も例に漏れず、どこか落ち着く味が恋しくなってしまった。会場を出ると見慣れた看板が目に入ったので隣の腕を引っ張る。
「ねえ」
「なんだ」
「あそこ行かない?」
通りの向こう側にある、誰もが知るファストフード店を指さすとローは眉をひそめた。パン嫌いなのはもちろん、この状況でなんでわざわざという感情が目に見えて分かる。交差点を横切って半ば強引に自動ドアをくぐった瞬間、店員や他のお客の視線が一気に私たちに向けられたけれど構わずにカウンターで注文を。
「好きな海外ドラマにあるの」
「ああ?」
セレブなカップルが、オペラに行こうととびきりドレスアップをして出かけるも色々あり結局そのままの格好でファストフード店に入る、というシーンがあるのだ。リッチな二人とドレス、チープで庶民的なバーガーショップ、その対極的な組み合わせがとてもロマンティックに思えて密かに憧れていたということを説明した。
お前らしいな、と席についてフライドポテトを頬張るローは、会場にいたときよりもずっと楽しそうに見えた。
騒がしい場所は好きでないだろうに、こうしてイベントに付き合ってくれたこと。感謝しなければ。
「それにしても化けるもんだな」
「レイリーさん?まさかアパレルに行くとは思わなかった?私はいつかは進出するかなーなんて思ってたけど」
「違う・・・分からねェならいい」
「え、なに。なんの話?」
黙ってポテトをつまむロー。こうなったらこれ以上同じことを聞いても口を開かないことは知っているので、こちらも黙ってポテトをつまんでふと考えてみると言われたことが分かった。
「ロー、“化けた”とか言わないで素直に言って」
観念したのか、呆れ笑いを浮かべて「綺麗だよ」と短く言い切ったローに残りのフライドポテトを譲る。
「腹ごしらえもしたことだし、コラさんのところにでも行ってみるか?」
「いいね!行こう!・・・あ、でもレディー・キラーカクテルは通用しないよ」
「・・・・・・」
「なにやってんの行くよ。そのトレイ、早く向こうに片付けてきて」
「・・・・・・」
to be continued.
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